2012年2月 1日 (水)

マフラー

  自転車でマフラーの児の通りけり  括弧

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どうでもよいようであって、マフラーの児が一人さっと通り過ぎてゆくところにはちょっとした季節感がある。大人ではそうはゆかない。老人でも駄目だ。木立の中の道だが、そうでなくともよい。ただ。市街地ではだめなのである。

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2012年1月31日 (火)

増上寺

  増上寺前をそぞろに冬温し  括弧

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「冬温し」などと詠んでは張り倒されそうな厳寒である。その日は割と暖かかったのである。時
間が見つかったので、増上寺付近から芝離宮へと散策を試みた。丁度増上寺が、故二谷英明の葬儀会場となっていた。正確にはその日は通夜だったと、帰ってからテレビのニュースで知った。

東京タワーの真下まで行ってみた。ここまで来たことでさえ、私には初体験だった。スカイツリーとやらに役目を譲ることになっているのだそうだが、巨大なタワーをここから見上げていると、まだ新品のようにさえ思えるのだった。

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2012年1月30日 (月)

テトラポッド

  冬晴れのテトラポッドとその影と  括弧

Img_2706わが里近辺の荒川べりには、台地が存在することと相まって、古代から人間の住みやすい環境があったようだ。流れとしてはまだまだ大河とは言い難い中流域のそれである。最近では川のコースが変わるのを防ぐためなのか、無数のテトラポッドで両岸とも固められている。テトラポッドは海岸ではよく見ることがあるが、川ではあまり見たことがないという向きもおありだろう。ここにおかれているテトラポッドの本当の意味は、実は私にはよくわからない。人工的なものが支配する景観がよいとは思えないが、それなりの造形的な美しさもあるかなぁと思ったこともある。

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2012年1月29日 (日)

霜枯

  電柱の影霜枯の草の上  括弧

今年は雑草が隅々までよく枯れている。何しろ寒いのである。この頃は何かにつけ、30年近Img_6945
く前の異常に寒かった冬を思い出す。氷点下6度くらいの日が何日も続いた。しょっちゅう雪が降り、解けかけては氷りついた。2ヶ月間くらいは道路の日蔭がちのところが氷河の様になっていて、,転倒する人が絶えなかった。今年は体感的にはその年に負けないほど寒いと思うけれど、数字的にはそれほどではないようだ。自分の齢が、自分を弱くしているから、そのように感じてしまうのであろう。

近年では冬といっても、道端や畔には緑色の草が垣間見られたのだが、今年はそれらが毎朝の強霜で、さすがに黒ずんできて枯れに傾く傾向が強いようだ。オアシスのような冬草の塊が次々と姿を消してゆく。

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2012年1月28日 (土)

  冬うらら遠き橋行くもの鈍(のろ)し  括弧

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河川敷などを歩いていると、遠くの橋が見える。大きな立派な橋だが、遠いものだから、玩具のように小さく見える。そこを通るトラックやバスが見える。遠いものほど速度が遅く見えるのは、経験的に知っている。天体の動きなどはまるで存在しないかのようだ。少なくとも我々の意識はそのようにとらえるのである。遠い橋の見え方と天体の動きの見え方が同次元の問題なのかどうかさえ、実は私には明らかでない。そこが素人の哀しさだ。遠くを走っている車が見えるのは、高い場所から見る場合と、非常に見通しの良い場所で見る場合かのどちらかでなければならない。この橋の車の場合は後者なのである。

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2012年1月27日 (金)

セロリ

  音立てて姿勢正しくセロリ喰ふ  括弧

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セロリは久しぶりだった。柔らかかったので筋が歯詰まることもなかった。歯触りはこの上なくよかったが、あの独特の香りがなかった。いかにも温室育ちという感じだったのである。カリカリという音を立ててものを食ことは快感だ。セロリに限らないが・・・。

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2012年1月25日 (水)

南天の実

   南天の実の落ちやすき雨もよひ  括弧

一般的に「実」と名付けば秋の季語だが、青木の実と南天の実は例外的に冬の季語だと思っていた。歳時記を調べてみて愕然。南天は秋の季語とされているのである。ネットで調べてみるとImg_6965「冬」とするものもないではない。実際見ごろは冬と言わざるをえまい。あの雪ウサギの目に南天の赤い実を使わないで、他の何を使うというのであろう。

その南天の実も、いつの間にか随分落ちてしまって、落ちた跡が白っぽい小さな丸になっている。残っている実に触ってみたら、これもポロりとあっけなく落ちてしまった。自然に落ちるまで大事にしておいた方がいい。

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2012年1月24日 (火)

冬旱(ふゆひでり)

  捨てられし蛇腹ホースや冬旱  括弧

旱が実害をもたらすのは、農作物が収穫時に向って盛んに生長している夏季のことだから、「旱」は夏の季語だ。しかし農業を離れれば、冬の旱の過酷さも見逃すことはできない。この冬の連続雨なし日の長さは記録的なものだったそうだが、ようやく一段落したようだ。空気が乾燥すれば火災は増えるし肌は荒れる。特に高齢者は、肌のかゆみに悩まされ続けるのである。私Img_6946には更に鼻詰まりが加わる。最近になって加湿器を購入したのも、そういう諸症状に耐えられなくなったからだ。

掲載句の出来た日には、荒川の左岸と台地に挟まれた河川敷を歩いていた。麦畑が写真のような状態だった。一目で生長が遅いようだと気付かれるであろう。だが私を驚かせたのは、このトラクターの轍らしいものが縦横無尽に走っている麦畑の様相だった。冬には毎年ここを歩いていたのに、このような狼藉の痕跡に気付いていなかったというも迂闊な話だ。おそらく今年は訪れたタイミングがぴったりということだったのだろう。今では麦踏みは実施しないのだろうかとずっと訝しく思っていた。こんな広大な畑を実際に麦踏みできるほどの労働力は今時あり得ないと思い込んでいたからだ。なるほど麦踏みはトラクターでやるんですね。

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2012年1月23日 (月)

埴輪窯跡

  猫のゐる埴輪窯跡枯木立  括弧

こういう場所にはたいがい野良猫fが棲みついている。たまに人が通りかかっても、めったなImg_6949
ことでは逃げない。人間はたいして怖くないということを学びとっているのだ。

埴輪窯の跡は、このあたりに多数散在するらしい。有名な行田の古墳群にもこれらの窯から埴輪が供給されていたのだという。掲載句の窯跡は、鴻巣市に含まれる荒川左岸の台地にあるものだ。「窯跡」といっても、そうだと書いてあるだけだから、あとは想像力の問題だ。台地の斜面を利用した登り窯なのだというからには、古墳時代もかなり後期のものではないかと思う。

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2012年1月21日 (土)

大寒

   大寒の雲の明るさ利根堤  括弧

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大寒である。今年は雪混じりの雨に明けたが、この句のときは北風が吹いていた。昨年の句であるが、実際に加須の大越の河川敷を訪れたのは大寒の日ではなかったようだ。過去の記憶からの作だったのかもしれないが、昨年実際に出かけた時に目にした光景としては、まさにこの句のようであった。土手上に立てば、狂おしいほどに北風が吹いていて、立っていられないほどだった。確かに今頃の空の明るさは近い将来春が来るのだと告げてくれているようでもあり、「希望」といういささか面映ゆい言葉さえ浮かんでさえくるのである。

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