2008年7月19日 (土)

捩花(ねじばな)

  

ドリブルでボール運ぶ児捩れ花  括弧

ネジバナは、047捩花、文字摺草、もぢ花、ねぢれ花等、さまざまに呼ばれる。ネジバナという名の由来は花が捩じれているからだとすぐ分かるのだが、、「文字摺草」とは?と思う。歳時記には「捩摺(もじずり)」という福島県の型染めの模様に似ているからだという説明がある。こちらは浅学の身には、すぐにはピンとは来ない。いずれにしても芝生があればそこにはネジバナがあるといっても過言ではないほどにありふれた花だ。ありふれていながら、遠目には分からないほどに弱小な存在だから、見つけたときには大発見でもしたかのような興奮に襲われる。同行者にそのことを伝えないではいられないのがネジバナである。ひとつ見つかれば、他にも沢山あるはずで、「なんだこんなにあったのか」と自分の発見の大きさが損なわれたように感じてがっかりすることもある。

この少年は勿論サッカーの試合中なのではない。祖父あたりに連れられて公園にやってきたのである。結構サッカーは上手なのであろう。ボールを手元から放さないサッカー少年なのである。芝生に至るやゆったりとドリブルに入る。なんだか無性に楽しいのである 。

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2008年7月18日 (金)

日照雨(そばえ)

  

草茂る谷戸の坂道夕日照雨  括弧

市内の高尾宮岡景観地が県の「緑のトラスト八号地」に選ばれて0062整備がなされたということについては何度か書いた。こういう平地にできた凹部をヤト(辞書では谷と書いてヤトないしはヤツと読ませている)と呼ぶのだが、鎌倉のそれにあわせて「谷戸」と表記することにした。水が大切な要素をなしている地形であり、事実清らかな湧き水が流れている。適度な手入れ以外は自然に任せるのがよいと思う。林が残され、水が流れやすいように小流れが掘られ、遊歩道が整備されたが、その程度がよいであろう。草地が大分残っている。階段をつけて歩き易いようにはしてあるが、範囲は狭いので、自然観察公園ほど歩きではない。昔から、人の所有地らしい谷底を道から覗き見る程度だったから、実際に降りて見たいという長年の欲望はようやく満たされたことになる。まあ、遊歩道が一本増えたといってしまえばそれまでだが、付近の農家のたたずまいといい、木立や地蔵さんという小道具といい、気持ちのよい場所になったことは確かである。

「日照雨」は天気雨のこと。

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2008年7月17日 (木)

濃紫陽花

  

濃紫陽花咲けるホームのはづれかな  括弧

ローカル線や地方の弱小(?)鉄道のホームなどには花壇がとてもよく手入れされているということが、かつてよくあった。のろのろと走る列車が駅に滑り込む2046たびに、ここではどんな季節の花が咲いているだろうかと楽しみに眺めやったものである。近頃ではこのような経験が余りないように思う。ローカル線も整理されてしまったし、駅長さんさえいない駅では、通り一遍の整備くらいは業者任せでやるのかもしれないが、かつてのような駅員さんの気持の籠もった花壇作りはできないであろう。私の乗降駅でも、プランターに植えられた季節の花は(ときに水不足にあえいではいるものの)一応置かれているのだが、いかにもお仕事でやったのだという感は免れない。ホームのはずれに花壇などを設置する余裕もないようだ。向こう側のホームの線路と外部との境界辺りに、昔から植えられたままらしい紫陽花が咲いているのが目に入った。長いホームのはずれに、取ってつけたように残された紫陽花には僅かながら寂しさが漂うようでもある。

ところで、「濃紫陽花」だが、俳句ではよく目にする言葉だ。何を持って「濃紫陽花」としているのであろう。色が濃いというだけなら、七変化と異名の紫陽花のこと、変化する色のある時期のそれを指すのだと考えられなくもない。私は何となく、青色の濃い種類を指しているのではないかという気がしているが自信があるわけではない。紫陽花の原種は日本の山地に自生しているガクアジサイだという。現在ではヤマアアジサイと呼ばれているものの仲間だと思うが、あれらがが本来の紫陽花なのですということだろう。ヤマアジサイも色は一定していないようだが。青いものもあって、これが爽やかな濃い青紫色をしている。これそのものが駅に植えられているはずもないが、一般の家の庭に植えられているガクアジサイの中にも、色が濃い目のものとそうでないものとがある。この濃い目の方のもの など「濃紫陽花」の資格十分というのがわが我田引水的植物学だが、ガクアジサイでなくとも色が濃ければ「濃紫陽花」と私は呼んでしまうのである。

余計なことだが、コアジサイという種も存在する。ただし「小紫陽花」。小さい花が咲く。北本自然観察公園には自生地が少なくとも2箇所ある。

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2008年7月15日 (火)

芹の花

 

木道の足音とまる芹の花  括弧

自然観察公園正057門から向かって右手に広がる湿地である。蘆が勢力を伸ばしている。蘆は水を浄化してくれる存在だから、これはいいことである。あちこちで清水が湧いているから、蝌蚪もおたまじゃくしも丸見え、ここで蜻蛉も生まれる。木道左手にあたる山側の湿地ではクサヨシが生い茂る。これはこれで自らの領分を確保しているのである。毎年蘆が溢れるほどに茂ってしまうまでにはさまざまな水辺の植物が栄枯盛衰を繰り返す。ウキヤガラが目だつ時期もあるし、キツネノボタンも力強い。春先には芹があちこちに群落を作る。かつては、きれいな水に入り込んでこれを収穫する不届きな、というより無知な人の悪行の跡も見られたものである。今でも皆無というわけにはゆかない。田圃で芹を摘んでいるのと似たような感覚なのだろうが、犬を連れ込む人たちと同様私には憎しみの対象である。ここではタコノアシが生息している。近年意識的にロープを張ったりしてこれの保護を図っているらしい。そのために一部蘆が抜かれたりしているが止むを得まい。蘆の生い茂っている足元の水辺に、芹の花が咲いた。セリ科の植物一般の花に目の覚めるような美しさはない。ひとつひとつの花を拡大してみれば、なかなかの形をして輝いているのだが、あまりにも小さいから全体としては地味としか言いようがないのである。ただし山地で見られるシシウドやその近縁種もセリ科ではあるが、大きさがものを言って、これらは例外的に幾分の存在感を持っている。自然観察公園の芹の仲間といえば、芹とヤブジラミくらいしか思い当たらないから、ここではいずれにしてもセリ科は 地味な集団であるといわざるを得まい。

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2008年7月14日 (月)

セッカ

  

水音に雪加の声の重なれる  括弧

渡良瀬遊水地によく出かけるようになって間もなくの初夏の頃、蘆002の原で盛んにヨシキリが鳴く声に混じって、何処からともなく「ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・」という、か細いけれども妙にしつこい声が聞えてきた。雪加との出会いであった。出会いといっても姿を認めたということではない。何処で鳴いているのかと蘆の間を一生懸命透かして見たが、一向に姿が見えないのであった。ネットで野鳥の声が聞けるので、必死に検索してみたところ、どうやらセッカらしいと知ったのであった。ある説明に「方向性のない声」とあったが、なるほどそのとおりと膝を叩く思いがした。その後図鑑で調べてみると、件の囀りはオスが飛びながら鳴いている声らしい。方向がはっきりしないのもむべなるかなという訳なのであった。いまだに姿をはっきり確認してはいないのだが、この鳥は別に蘆が好きだというわけでもないらしいということがわかってきた。好きな植物はむしろチガヤらしい。チガヤに蜘蛛の糸を使って巣の外側だけを作る。それも、鳴き続けることによって守っている縄張り内に複数作るらしい。それを見つけた雌が本能的に巣の内側を完成するのである。かくして、文字通り蜘蛛の糸に 引っかかった雌はすべてその雄のものとなるわけで、これってつまり一夫多妻制なのであった。

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2008年7月13日 (日)

草引く

  

地に這ひて草引く無念無想かな  括弧

梅雨明けはまだな2075のだろうか。待ち侘びているわけではない。35度を越えるような日がまだ梅雨の最中ですといわれても、気持が納得しないというだけのことである。躑躅や紫陽花は曲がりなりにも6月中に刈り込んだ。土用芽以降の新芽には蕾がつかないと言うから、あわてて剪るだけは切ったというだけのことで、後はどうなろうと知ったことかというヤケな気持が半ばである。藪っ蚊と戦いつつ、容赦なく伸びる雑草と格闘しなければならないという今頃になって猛暑日に襲われ続けるというのが近年の傾向である。草というのはエラい。強い。庭のどこかで草の茂りが余りに目につくので、我慢できずつい手を出す。手を出したが最後、草取りは一日仕事になってしまうであろう。本音を言えば秋がくるまでほっときたいのである。何とかごまかし続けたいのである。だが、そうもゆかない。ある日、余りにみっともないことに気づいて愕然とする。己の気持をごまかしきれなくなるのである。こういう事態に陥ってしまえば、あきらめに身をまかす以外にあるまい。ヤケそのものというわけである。苦痛をまぬかれるには、 何も考えないことだけが唯一の手段。泥まみれ、汗まみれ、蚊には喰われ放題である。

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2008年7月12日 (土)

木道

  木道の湿りのにほふ木下闇  括弧

木道といえば尾瀬ヶ原という時代は過ぎた。延々と続く尾瀬の木道P6030006がモデルになったことは確かだろうが、湿地帯の多くは、自然を守るためにこの方式を取り入れた。わが北本自然観察公園の正門に向かって右手の湿地帯にも矢張りこれが設置されていて、自然保護上大きな働きをしていると思う。この木道の途中左手の林に樹齢200年というエドヒガンがあって、大切にされているのだが、花の時期には結構人が集る。ここにも木道以外は歩かないようにという看板があるにもかかわらず、写真を撮るのに夢中で、「つい」なのか「つい」を装っているだけなのか、禁を犯すものが多いようだ。「大した写真が撮れるわけでもないのに・・・」と、見ていて腹の立つ こともあるのだが、注意する元気もない。皆いっぱしの芸術家気取りである。尤もホンモノの一流が、こんな軽薄な行為に及ぶことはあるまい。たかが田舎の湿地じゃないかと言うなかれ。曲がりなりにも保護がなければ自然が守れないということは、実証済みだ。

この木道の途中には葦原あり、鬱蒼たる木の下ありで、いくつか小沼も散在する。ここには貴重な鳥がやってくるから、カメラマンが自慢の機器を持って、1日中待機していることもある。木道沿いにきれいな水が湧いており、春先には蛙の卵の詰まった寒天状の縄のようなもの(蝌蚪の紐)が1点の曇りもない水の底に転がっているのがよく見える。木道はまた、梅雨時には昼なお暗い木立の下を通ってもいる。気をつけないと滑って転倒しそうになるのは、このような時期である。メマトイもマクナギも出るし、運が悪ければブヨにやられるかもしれない。蚊もいるので、携帯蚊取りを持たないと不安である。古い葉が腐食している匂いがする。とてもよい場所なのである。

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2008年7月11日 (金)

草を刈る

  草を刈る匂ひの中に迷ひ込む  括弧

自分で草を刈るというの001であれば、今ではめったに機会がない。庭の草を「とる」ことはあっても「刈る」のとは違う。牛の餌を貯蔵するために刈るなどというのは経験もないが、昔は相当ハードな作業だったにちがいない。現在の草刈は、目的が単なる除草に過ぎない場合でも、ほぼ100%機械によるものであろう。ものすごい音を立てて草の面をなでるように刈っている。怪我をした人の話も聞くから、決して安全な作業とは言えない。大量の草を一気に刈ることができるから、独特の甘いにおいが強烈に発生する。いい匂いである。アッと思って辺りを見るが、すでにこの辺りは刈り終えているのである。あの軽快な機械音がしない。していれば、この匂いを前もって予測したことであろう。作業は終ってしまったのであろうか。作業がどこか遠くへまわってしまったのであろうか。昼休み中なのかもしれない。ともかくいい匂いである。作業が終っても匂いが残っているのである。個別の草の中には悪臭を発するものもあるはずだが、全体としては甘い匂いである。その中に入ってゆくとき、気分が一種爽快になるのがなにか 嬉しい。

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2008年7月10日 (木)

藪蚊

  

句帳持つ手に藪つ蚊の留りけり  括弧

蚊の攻撃に弱い。喰われてもたいしたことのない人もいるが、私の場合017ぽっくりと膨れてまことに痛々しい。勿論猛烈に痒い。1ヶ月くらい前までは何処を歩いても快適そのものだったが、湿気が増えるに連れて蚊にやられるようになった。藪のない日向ならよいのかもしれないが、炎天下を歩くなど、これからの季節に老骨の身にはタブーであろう。自然公園や八丁湖公園には携帯用電気蚊取りを持参する。おかげで散策中に蚊に食われることはほぼなくなったのだが、今度は我が家の庭が鬼門となった。朝の水遣りの最中に、しゃがみこんで草を毟ったり、鉢物を動かす。最悪の場合伸びすぎた枝を剪ったりすることがあって、しばらく静止状態が続けば、たちまち腕や足など、むき出しのところをやられる。だから作業が終ってからしばらくは、ムヒを探し回って治療に専念することになるのだ。庭といっても、数十年間に渡ってろくな手入れもせず、無秩序に色々植え込んだだけの状態だから、手の届かない藪があちこちにできている。水溜りもないのに何故藪蚊が発生するのか皆目分からないが、藪には薮蚊がたむろしている。これは世界の偉大な不思議のひとつであると思うが真実なのである。とにもかくにも迷惑この上ない。近くのお宅にも影響があるだろうと思うと、罪の意識にも苛まれる。植物という植物をぶった切ってしまおうかと、短気な衝動に駆られることもあるが、緑を大切にというモラル上の問題もある。悩ましい季節があと 3ヶ月は続く。

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2008年7月 9日 (水)

地下食堂

  

梅雨寒や地下食堂のカレーそば  括弧

近頃は「飯でも食おう」というような言い方が、社交上必須の挨拶となっているようだが、私などにとって、この言葉にはその表面上の意味以外の意味はなかった。若い頃は勤め先で、昼時に「飯を食いに行こう」という意味の言葉がほぼ毎日交わされていたことは事実だ。しかし転勤があったり時代が変わったりで、楽しく昼飯を共にするという感覚は次第に薄れた。、弁当084持参という時期も長かった。時代が進むに連れて、昼飯のために外出する余裕がなくなってきたともいえる。客商売でもなかったから、お客さんと会食しながらの商談などということは皆無だった。とはいえ、夜は「食事」というよりも「一杯」という言い方で、連れ立って会食していたことはしていた。それもしばしば・・・。

さて、街でひとりで昼食を喰うなどということになると、どんなところを選んだらよいのかに迷う。一番趣味に合うのは駅の立ち食い蕎麦である。高校時代以来ずっとあの手の店のおつゆの匂いに誘惑され続けていた。近頃は大きな駅では構内のコンコースが充実して、立派な仕切りのある独立した店という感じになってしまったので、立ち食い蕎麦店にも戸を開けて入らなければならない。入るのに一種の勇気を要するようになった分だけ使いにくくなった。大宮駅の薄暗いホームで、丼を抱えて立ち食いしていた頃の、肌を刺す北風の寒かったことなど、今でははるかな過去の思い出となってしまった。

地下食堂といえばまず上野駅の構内が目に浮かぶ。「戦後」というイメージを残しつつ都会化してきた上野も、年々洗練されてきて、学生時代に薄汚れた重い引き戸を開けて入った食堂のおもかげなどもはやない。地下食堂は、狭いスペースを思いっきり有効活用するために、食い終わればすぐにも出て行ってくれといわんばかりの構造になっていた。いまでもそれに変わりはないが、見た目にはだいぶスマートになった。讃岐うどんなどというあっさり系が主体のうどん屋になっているものもある。大宮駅に駅ビルらしいものがなかった頃に、駅がどういう姿をしていたか思い出すこともできないが、ホームの立ち食い蕎麦でなければ、外へ出て街の適当な店を探すのに苦労した思い出があるから、同じ地下でも、ビルの地下などの食堂を使ったもののようである。

昼飯についての意識は、基本的には今でも変わらないと思う。まずは立ち食い、次に地下食堂(あるいは地下食堂的雰囲気を湛えた食堂)である。立ち食いなら天麩羅蕎麦と決めてある。地下食堂ならカレー蕎麦が有力だ。ドンブリものはほぼ食わないといってもよい。近頃熊谷のサティーへ映画を見に行くことがよくある。地下食堂はないので、幾分高級なイメージはあるが、一階の蕎麦屋さんに必ず寄ることになった。頼むのは必ず鰊そばである。数年前京都で食べた時にうまかったので、一度ここでも試してみて 以来病みつきになった。

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