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2007年10月24日 (水)

十三夜

徒長枝に名残の月のかかりけり  括弧

 
月を詠むのが苦手である。お月見などをしなくなってから久しいせいかも知れない。人並みに十三夜くらいはどうしても一度は詠みた いものと、夕べ外へ出ては何度も月を眺めた。月そのものは実にさやかに中天に懸かっていたのだが、何しろ環境が悪すぎる。縁側もない。周囲はいつのまにか すべて住宅と化してしまっている。どの家も戸を締め切っていて、お月見をしている気配もない。わが猫の額も自慢ではないが、風流とは程遠い。この地に60 年は住んでいるとはいえ、いつのまにか誰かが植えた樹木が伐られたかと思えばPa230026、また別の木が植えられるといった塩梅である。周囲の変化に伴って、わが猫の 額もつぎつぎと姿を変えた。まったく計画性の欠如した行き当たりばったりの経過をへて、逐次現在の姿にたどり着いたのである。私が小学校にも入らぬ頃に父 親が何処からか持ってきて移植したイヌツゲは、今でも太さが当時と変わらないような気がするから、樹齢100年以上にはなるのではないか。すでに気息奄奄 である。その隣には、種を鳥が運んできたために我が家に住み着くこととなった、樹齢50年にはなろうという棕櫚の木がヌット立っている。家の立替の時に敷 地内で移植してからでも30年は経つが、高さ以外はさほど育ったとも思えない。電線にかかりそうで、大風の日などは心配である。剪定しなければ5~6メー トルにはなるという花梨の木が、寄せ植え状態で玄関先に徒長枝を伸ばしていて、傍若無人の振る舞いである。ピラカンサスも、1月頃には鵯に1日で食い尽く されてしまうであろう、信じられないほどの数の真赤な実を付けて、伸び放題に枝を暴れさせている。何もかもがすさまじいのである。かつては私が年1度(大 晦日になってしまうこともあった)、一応樹木の剪定?をやっていた。寄る年波には勝てず、今ではシルバー人材センターにお願いしてやってもらう。私よりは るかに年長の方が見えて、きれいに剪って呉れるので複雑な気持ながら、大いに助かっている。忙しいらしい。今年も頼んでいるのだが、まだ来てくれない。こ のような句しかできないのは、このような環境のせいでもあると、私は思うのだが。

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