焚き火
をりふしに焚き火のにほふ村はづれ 括弧
繰り返しになるが、旧川里町屈巣ほど整った形態をした農村をほかに知ら
ない。大農家の家屋敷と畑で出来ている集落には、新興の小住宅は1軒もない。一歩入ってしまえば、大通りというものはない。悠々たる農道がきっちりと整備されているだけである。驚いたことに、
農家風の家の1戸は鮨や鰻を食わせるレストランである。モダンなつくりのピアノ教室もある。畑や庭には花が咲き乱れ、家に隣接した田もないではないが、田圃は村外れの広大な面積に整理されて延々と広がる。「村はずれ」だと思うのは、想像でしかないが、おそらくこの集落が1村を形成していた時代があるはずで、そのときの風貌をそのまま現代に引き継いでいるのがこの地区なのだと思う。この地の出身者に聞くと、今は田圃の果てに大きな杜となって見えているゴルフ場は広大な湿地だったと聞く。そのころの眺めは、だから、今とは少し違った、幾分荒涼とした雰囲気を併せ持っていたのかもしれないと想像を膨らませる。写真の焚き火の背後に見えているのは、上信越新幹線である。この場所は先ほど述べた村はずれとは反対側の村はずれである。写真の望遠効果で強調されてしまったが、このようなせせこましさは実際には感じられない。
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