石仏
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
白鳥の鳴く嬉しとも悲しとも 括弧
昨年深谷市内の荒川にある白鳥飛来地に行ったときの句である。元は川本町内であったが、平成の大合併で深谷市に吸収されたのである。餌付けが成功して
、長年白鳥の群が何百羽も集まる名所であった。白鳥の餌は、同じ科に属する鴨にとってもご馳走だから、数から言ったら鴨のほうが圧倒的にたくさん集まっていたが、見栄えの方はあくまで白鳥に分があった。鴨などは見る気がなければ見えないようなものであり、実感としては、可哀想だが邪魔だとさえ思えた。
今冬から餌付けをやめたという。当然ながら集まる白鳥は極端に減ったらしい。鳥インフルエンザ対策という側面が一番強いと思われる措置であった。自然状態に返るのだから、これでよいともいえる。しかし白鳥にしてみれば、人間だって自然の一部なのだから、訳が分からないまでも餌が確保できることが悪い話だった筈がない。夏場に彼らがどこでどのような環境を生きているのか知る由も無いが、一年の半分を人に餌をもらっているくらいのことで彼らの野生が失われるとも思えない。多数集まって鳴き交わす白鳥の声には少々哀愁が漂うように聞こえるのは、勝手な思い込みに過ぎないであろうが、鶴の声にも似て、滅びゆ くものの叫びと聞こえなくもないのが気がかりだ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
坂上にバレー教室虎落笛(もがりぶえ) 括弧
「坂上のバレー教室
」とあった昨年作の句を「・・・に・・・」と改めてみたのだが、この実在するバレー教室は、駅からの帰り道に、わずかな距離だが急坂があって、そこを上りきったところが入り口になっているのである。そこまで一生懸命登ってきて、初めてその存在に意識が向くような構造になっているというわけである。やや切れ味が悪くなるのを覚悟した上で、「おッ、やっぱりあったな」と、ほっとして気づく時の意識の流れにこだわってみたことになる。
バレーなどという都会的なテーマは、姉の読んでいた少女雑誌を通して、イメージをつかんでいたとは思う。わが里のような田舎の娘たちが、そのような洗練された習い事と関係が生じようなどとは50年以上も前には考えたこともなかった。このバレー教室は、民間のカルチャーセンターと呼べそうな、習い事諸事の場所を提供している施設で行われている。バレー教室が行われているときに通りかかることは通常はない。昼間何かの関係で通りかかったときに、窓から幼い少女たちの動きが見えることがあるというに過ぎない。「ホー」と感心してしまうのは、「バレー」というものに対する、子供時代に身についたイメージが払拭されていないからだ。
この場所を経営されていた方が、数年前に若くして亡くなられた。連れ合いが書道を習いに行っていたこともあったので、まんざら知らない方でもない。残された奥さまが引き継いでおられる様子だが、何しろそのときはお気の毒であった。写真はこの場所とは無関係 である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
暗転の舞台暖房やや過ぎて 括弧
先日の「大団円」の話である。どの劇でもそうかもしれないが、蜷川さん
の舞台ではよく暗転が使われる。高校の体育館ではないから、完璧な暗黒の一瞬を生みだすことができるのできわめて効果的である。前の方の席で見ている場合など、至近距離の舞台がまったく見えないことに少なからず衝撃を受けることは確かだ。その短い暗黒の時間が過ぎ去るったとき、舞台では背景も大道具も人もすべてが入れ替わっている。暗転前とは切り離された別の世界が現出されるわけである。この間に観客は何を見ているのか、あるいは感じているのか。「見て」いるといっても何も見えないのだから、せいぜいが自分の体温や呼吸を感じるくらいのことしかできないはずだ。暗闇が一種の粒子の集まりのように感じられることもある。その粒子が密集して自分を圧迫してくるという事態にも慣れてくると、幽かに空気の持つ温度や湿度が肌に触れてくるように感じ出すのである。だが、そのころにはすでに
暗転は終わっているというのが普通であろう。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
「パンの日」とパン屋に幟(のぼり)寒晴るる 括弧
「何とかの日」という
ものは無数に存在するらしい。3月3日が「耳の日」だったりするのは、駄洒落好きの日本人としてはほほえましく感じる。中には「世界禁煙デイ」のような国連が絡む大きな意味を持つ日もあるので紛らわしいが、あらゆる業界が、自分の領分にまつわる記念日を作りたがるのは当然といえば当然である。先ほどの「耳の日」も含めて、関係の団体がそういう日なのだと定めればそれで成立してしまうものなのかどうかは知らないが、別に害になるものではないだろうから、国家が登録制を敷いているとも考えにくい。
「パンの日」の幟を見たのは駅近くのパン屋さんでのことだが、いつだったろうか。ネットで調べてみると、「パンの日」には何通りかあるらしいが、一番商売と結びつきそうなのは毎月12日というものであろう。これは語呂合わせではなく、1842年に初めて国産のパンが兵糧用に焼かれた日ということらしい。そうだとしても、毎月というのは商魂の表れとでも言うのか、これはこれでまたほほえましいのである。
そういえば、我が小さな市で、私が覚えている限りの昔からあった老舗のパン屋さん2軒と、昭和30年代にできたと記憶する後発の1店の、あわせて3店がいまだに健在だというのは驚くべきことだ。まだ大型店は皆無で食品はすべて街の小売店に頼っていた時代とは違って、大手のパン会社の製品ががスーパーに掃いて捨てるほど並べてある今に至るまでそれらの店が生き残っているというの は、わが町だけの特異な現象なのか、あるいはそもそもパン屋さんという業界には、肉屋や魚屋とは一味違う何かの好条件が存在しているというのか、商売には疎い私にはまったく分からないのであった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
白煙の立てり冬雲あたりまで 括弧
「冬雲」といっても、その概念は実に曖昧模糊としている。春が近づいてく
ると、最近のように、天気は荒れ気味になってくる。前線が通過するときなど一時的に強烈な冬型が生じて、国境の山を分厚い雪雲が越えてきて、我が方の空を覆おうとする。怪しげな毒々しい模様を持った不定形の雲が山から湧くようにつぎつぎと襲ってくるのである。これらの雲も冬雲であろう。遡って、小春日和の候も終り、晴天をそろそろ「冬日和」とでも呼ばねばならないかと思える頃になっても、冬雲はまだ秋の雲の続きみたいなもので、いかにも穏やかだ。気圧配置が冬型となっていても、安定した冬型だから、雲にもまだ優しさ
が見られるのである。そんなある冬日和の日に、菖蒲町の赤堀川沿いを歩いた。そのときの句である。
(煙が見えないという方、写真をクリックしてみてください。)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
「ただいま」と母のこゑする雪もよひ 括弧
今年は我が里にまだ降雪が無い。東京にも北関東にもすでにあったらしいのだが、ここだけが空白地帯となっているらしい。
「雪もよひ」という語のもっている情感が好きだ。実際に降らなくて良いのだから、鬱陶しい曇り空で、寒くて、惨めで、どうしようもないような日は、私にとっての「雪催い」なのである。まだ物心も付いていなかった2歳のとき、半年ほど富山県の旧福生町というところに住んでいた。降雪が多いところだったから、そこでの記憶といえば、寒さの中で2歳違いの姉と、買い物に行った母の帰りを待っていたときの、やるせない寂しさが僅かに残っているばかりだ。
今住んでいるところは、今でこそ完全な住宅市街地となったが、子供の頃は畑のど真ん中の1軒屋というに等しかったから、富山での記憶に繋がるようなことはしょっちゅうあった。妹が生れて、留守番が3人になっていたとはいえ、母親が不在のときの寒さは子供の心身にこたえた。今は知らず、少なくとも、 暖房器具も時間を忘れさせる遊具も無かった当時はそうであった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
白樫の葉のひかりける寒旱(ひでり) 括弧
樫は常緑だから、一年中光るといえば光る。しかし新芽が伸びてく
る頃はもちろん、それらが葉として完成したときも、まだ表面が堅くなっていないから、光り方が違う。それにその頃は湿気も多いから、反射する光は鈍い。その頃は自然がすべて強い光の中にあるから、取り立てて樫の葉がどうということもないのである。冬にも貴重な緑を供給してくれる常緑樹にすべて共通するのかも知れないが、冬には葉が特に堅くなり、照葉樹としての特性が一番よく顕れる。乾いた光を放って、よく見ると眩しいくらいだ。私にとって、最も強くひかる葉は、冬季の常緑樹のそれである。笹の葉などもひかるが、樫にはかなわない。樫といっても、我が里に圧倒的に多いのはシラカシである。放っておけば大木となる。アラカシは東京の公園などにはよく植えられているが、その辺が北限なのである。林内にアカガシ
などもふんだんに見られるが、農家の垣根に用いられたり、屋敷林で大木となっていたりするのはシラカシである。昔からそうだった。葉は比較的小さいので、まるめて笛のように鳴らすのには少し骨が折れた。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
外套を膝に大団円までを 括弧
蜷川シェークスピア第
21弾『冬物語』を見た。20弾『から騒ぎ』から3ヶ月、急ピッチである。ロマンスと呼ぶジャンルらしい。喜劇とも悲劇とも言い難いところなのである。休憩を挟んでではあるが3時間半、筋立てが、16年間の空白を挟んで前後半にはっきり分かれる。大団円を見るための劇だと思った。途中睡魔と闘うところもあったが、最後がぱっちりであれば、この劇はいいのだと思う。藤田弓子が出ている。こういう演技と台詞がしっかりした人が一人配されていれば舞台というものは締まる。田中裕子が二役、若い娘の感じを上手に出していた。大団円は彼女のためにあるかのようだ。見せ場である。忘れられない仕掛けがあって、舞台に
ひきつけられた。主人公は唐沢寿明。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
冬の陽のあたるあたらぬおかめ笹 括弧
岩槻城址公園の八ッ橋を渡り、「空堀」と呼ばれている広い溝の中
へ降りてゆくあたりから一面の笹だ。堀の中に這入っても、両側のスロープは緑色で、その中を歩くといった感じになる。空は落葉樹と常緑樹に不規則に覆われていて、幾分薄暗いけれど、洩れくる光が笹に当たる。木々は風に動くから、笹の動きとあいまって、なかなか複雑な日差しの変化が生じ、面白い。こんなきざな表現になったのは、そのような複雑な動きを視覚的に再現しようと思ったからだが、あまりうまくいったとは思えない。
オカメザサは庭園用の笹である。永井荷風に「おかめ笹」という作品がある。私は丸谷才一氏の「おかめ笹」という小説を読んだ記憶があり、ストーリーの雰囲気だけは感覚的に覚えていると信じていたのだが、念のためあたってみると、丸谷氏筆の「おかめ笹」という書物は確認できなかった。我が家のどこかに隠れているにちがいないその文庫本を、家捜ししても見つけ出したい気持になったが、しょせん無理とあきらめた。多分私の間違いで、別の題名の小説だったのだと思う。因みに、『笹まくら』というのがあるそうで、おそらくそちらの方であろう。
葉が丸みを帯び、あまり徒長しない。築山の斜面などに植え込むと、芝のように葉がよく揃い、形よいスロープを形成する。公共の建物の庭に笹があったら、大抵は オカメザサだと思えば間違いない。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
焼き烏賊のにほひ時をり達磨市 括弧
烏賊売りに限らず、祭りや市の類には必ず露店が並ぶ。毎月どこ
かで何かの催しがあるだろうから、香具師(やし)の皆さんも大変だろうが、大変なくらいが商売にはよいのでもあるという理屈だ。ところで何気なく「香具師」という言葉を使ったが、この言葉の正確な定義は分かりにくい。広辞苑などでは「縁日、祭礼など・・・で見世物などを興行し、また粗製の賞品などを売ることを・・・」とあるから、うっかり使うと「粗製」の商品を売る人のことと取られる心配がある。寅さんが口上もたくみに売っているものの中には「粗製」なモノもありそうなフシがあるが、焼蕎麦、わた飴、たこ焼き、今川焼き、お好み焼き、その他もろもろの楽しい食い物が、場所柄さほど清潔とは思えないにしても、「粗製」とまでは言えまい。我々の世代は、お祭りでそういう食い物を買うのが無上の楽しみだった。それらの食い物を扱う人までも含めて「香具師」と呼ぶのかは分からない。「香具師」には「そういう人たちを仕切る人たち」という意味もあるらしいからで、そうだとすれば、彼ら売り子達は、むしろ「香具師」のお客さんということにもなる。
何処にでも彼らは店を持参して行っては商売するわけだが、近頃では昔ほど子供達が露天に群れていないようなのが少々気懸かりだ。昔ほど儲からない仕事になりつつあるとすれば、祭礼や市の雰囲気を形成する大切な舞台装置のひとつがやがてなくなってしまうのではないかとい う恐れを持つが、実際はどうなんでしょう。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
抜歯して寒晴れめでて帰りけり 括弧
今日は大
寒である。一番寒い頃だといえばその通りだが、そろそろ冬が終盤に差し掛かる時期でもある。これからの寒さは、青空の下での気温の低さではなく、一日中太陽が出ないが故の寒さである。体感的には相当堪える。2月上旬の、すでに暦の上では春になった頃に行われる高校入試の頃が、最も寒いと感じたのはこのためである。寒晴れの連続日数はすでにピークを過ぎた。私のかかりつけの歯科の先生は、削っても抜かないのをモットーとしておられるようだが、ついにブリッジのすでにかかっている一本の歯を見限って、先日10年ぶりくらいの
抜歯ということになった。思ったほどのダメージもなく、あっさり終った治療のあとで、真青な空から降り注ぐ暖かい日差しを浴びて、街を眺めながら自転車でゆっくりと帰った。これで何本抜いたことになるのだろうかと考えてみたのだが、思い出せない。意外に抜かれた歯の数は少ないようだ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
解けのこる霜のひかりや犬のこゑ 括弧
寒中である。旅にも出ないで冬ごもり状態だから、話題が限られるのもや
むをえない。今年はなかなか霜がきつい。場所はお気に入りの旧川里町(鴻巣市)の某集落である。ここでは犬の声をよく聞くけれど、街場でよく経験するような、狂ったように吠え掛かかられるとような被害はない。万事がのんびりしているのである。犬に欲求不満が生じないのであろう。土地柄というものである。
話が「霜」から逸れてしまった。逸れついでに犬を飼うということについて・・・。子供の頃は世間全般がそうであっように、我が家にも犬がいた。犬は死ねばあらたに補充されてずっといたように思う。夜は放し飼いにしておくことがあって、狂犬病予防接種を受けていたとはいえ、通行人には大分迷惑をかけた。それでも苦情を言われた覚えがないのは、世間全般に犬の放し飼いについては共犯者的な感覚があったからだと思う。今日海外で当時の日本と同じような状況に出会うことがあって、腹が立つが、同情もしてしまうのは自分達にも覚えがあるからだ。50年以上も前の話だから、今のようにペット用に改良された犬を買っているような上品な家庭はわが界隈では皆無に等しく、犬といえば、どこかでもらったり拾ったりした雑種が大多数であった。
句会の流れでいささか酩酊して深夜に帰ることがある。そういう時間になってから、飼い犬を連れて歩いている人によく出会う。日課の散歩を昼間させてやれなかった人たちが、犬の要求に抗しきれず、厳冬期の真夜中に散歩という羽目に陥ったものなのか、あるいは彼らがたまたまいわゆる深夜族であるに過ぎないのか、どちらとも俄かには判断しかねるのではあるが、何か違和感を覚える光景である。女性であることも多く、人影におびえている風も見られるから、義務としてやむを得ず、母親が寝る前になってやっているのかもしれない。犬を飼うのも今で は大変なのだなあというのが率直な感想である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
燠(おき)となりしどんどに見入る五六人 括弧
昨日の続き。同じ場所の句を何度も使うことを、仲間内で「モトを取る
」と呼ぶ。モトを取っているのである。
人間は火を恐れない唯一の動物だと教わった。俳句の季語に「竈猫」と言うのがあって、私の幼年時代には家の猫が正にそういう状態で夜を明かしていた。朝になると竈から真っ黒になって這い出してくる。火が残っているのに竈猫を決め込んで、自分に火がついてしまい、熱いから気が狂ったように走り回って、「放火猫」になってしまうという事件もときどき報じられた。こういう例を見ると、猫がことさらに火を恐れているとは思えない。それどころか、熱源を選ばず、人間の近くの温かい場所を選んでは家中を移動しているのだとも言える。
火というものを、大昔は人間も他の動物と同様怖れたに違いないのだが、プロメテウス以来火は人間の友となった。友も扱いを間違えれば危険だということは当たり前だ。人間は煮炊きと暖房だけにとどまらず、武器として、あるいは贅沢のためにも火を使ってきたので、いつか火は敵か味方か分からなくなってしまったが、火は世界中で神としてあがめられてきたのであって、一神教はいざ知らず、大方のところでは崇拝の対象なのであった。火鉢が唯一の暖房器具であった子供の頃に、心許ない炭火に霜焼の手を晒して、必死に寒さに耐えたものだが、そういうときには、灰の中に半身を埋めた燠を、飽きずにじっと 観察し続けていたものであった。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
果てかけて達磨くすぶるどんど焼 括弧
「ここでは『お焚き上げ』と呼ぶんですよ」と納経所の方はおっしゃっ
ていたが、分かり易さを優先して『どんど焼』とした。正月2日に始めた「坂東33観音霊場巡り」も4寺目になった。4つとも全部県内である(トホホ・・・・)。岩槻の慈恩寺は、お焚き上げの日だった。そんなことに前もって思い当たることもなく、10時過ぎてから、カーナビにまかせっきりの運転でそこへ向かった。去年のはじめ辺りまでカーナビは余り活用していなかったのだが、最近地図のバージョンアップをして以来、その便利さに目覚め、すぐに使いたがるようになった。音声ガイドが「曲がれ」と言うのに曲がり損ねても、嫌な顔ひとつせず、すぐにそのままで行けるルートに切り替えて、何事も無かったかのようにガイドを続ける心の広さに安堵したことが、この器械との和睦の最大の要因である。
どんどの話である。白状するが、実物を見るのは初めてだった。なのに、着いた時には終りかけていた。どうも駐車場が一杯だと思ったのだが、そのときにはすでにお客さんはもう帰ってゆくところで、数をどんどん減らしていたのだ。「お餅を食べください」というので、鏡餅を砕いた小さめの破片をいただいた。どんどの残り火で焼いたものは からだによいとされるのである。旨かったので、もう一つと思ったが、さすがに遠慮した。少し北風が強かったけれど、四隅に竹を立て、注連縄で囲った中では、火の神様も大人しくしているのであろうか、平穏を絵に画いたような風景だった。それにしても、燃え始めるところからじっくり見たかったものである。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ポスターに知らぬ歌手の名寒に入る 括弧
いわゆる二十四節
気の一、「小寒」が寒の入りとなる。寒に入ったのは今月5日だったが、大したニュースにもならなかった。しかしその後の寒さを考えると、冬は非常に順調に推移しているのである。予報では今週末から暖かくなるというのだが、そうなったとしても、また寒さが戻るのではという予感がする。寒いとなるといつまでも寒いというのが、冬という季節の普通のあり方だと、経験的に思われるからだ。
さて、「寒の入り」ないしは「寒に入る」という季語で、毎年句を作る。付きすぎず離れすぎず、びしっと決まる取り合わせを一生懸命考えるわけだが、なかなか難しい。
靴音と遠き警笛寒に入る 括弧
などというのを、俳句を始めたばかりのころ作ったことを思い出すが、それ以来大して進歩しては いないようだ。今日の句は昨年の作である。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
裸木を水かげろふの這ひにけり 括弧
「揺らぎ」とい
うことがよく言われるようになった。物理学の宇宙の成り立ちを考える分野ででさえ、いまやこれが重要なテーマだと聞いた。そこまで行かなくとも、ありとあらゆるものが、よくも悪くもゆらぎと言う現象なくしては語れない時代なのである。私の気持など四六時中ゆらぎっぱぱなしである。「揺らぎ」のもっとも美しい表れを水陽炎に見る。日の差しかげんであちこちに出来る。またそのかげんによって消えてもしまう。単純なようで複雑、その一瞬間の後の現れ方を予測することは不可能である。水陽炎が池のさざ波を近くの壁面に映し出す。それを見てあらためて、一見静かな水面の揺らぎを知ることにもなる。どうかすると、八丁湖の腰板を張ったようななやり方で護岸された岸辺に一面に現れていることがある。無数の白馬が走るようだとも言える。目がちらつくが、決して不快感には襲われない。それほど強烈な光ではないからである。
写真は池の辺の裸木であるが、水陽炎が映っているはずである。写真では現れにくい。僅かに弱々しい光らしいものが認められるだけだ。「水陽炎」とは光の動きであり揺らぎのことなのだとよく分かる。静止画には写らないのである。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
北風(きた)吹くや大農家からピアノの音 括弧
この集落には、田に接してピアノ教室があるのだから、都市部の民
家と同様ピアノを持つ家庭が沢山あるのは当然である。しかし何度も歩いたこの周辺でピアノの音が洩れくるのを耳にしたのはこの時が最初であった。そういえば、我が家の隣の娘さんがピアノ練習しているのが微かに聞えてくるのは日常のことだが、通りを歩いていて、ピアノの音を聞くことは、近頃稀である。住宅
の気密性が以前と較べ飛躍的に向上しているからだろう。
音楽、特にクラシックには暗い。最近結社の編集長から最新のDVD録画器で取ったNHKのバイオリン演奏の特集番組をいただいて、今もそれを聞きながら、合間合間に目を画面に走らせつつ本文を書いているのである。バイオリンもピアノもよい。特にピアノは、ピアノリサイタルなどのように単独で演奏されるのがよいように思う。私はビートルズの世代と呼ぶには早すぎた世代かもしれないが、ジョン・レノンは私よりも年長だ。30歳代になってから、気まぐから「ビートルズ全集」と言う20枚組みくらいのLPを通販で買った。なぜかこれを夢中になって聞き続けた時代があって、おかげでビートルズの曲のメロディーがほぼ頭に入ってしまった。こんなことは私にとっては珍しい。
小田実という人が45年も前に『何でも見てやろう』という本を出して、当時の若者に大きなショックを与えたものだったが、その中で彼は「私は、クラシックといえば、かのベートーベンの『運命』のジャジャジャ・ジャーンという出だししか知らないので有名な男だ」と冗談であろうが書いていて、奇妙な安心感を与えてくれたものだが、彼の話が本当だったとしたら、私も同程度の水準である。ビバルディーの『四季の』の中の『春』のメインの旋律と、チャイコフスキーの『白鳥の湖』の中の「情景」がこれに加わるかもしれないし、更にモーツアルトの『小夜曲』を加えてもいい。が、そんな程度である。
そんな私が、ビートルズの曲がピアノ曲となって演奏されているのをふと耳にしたときなど、実に愉快な気分になるのである。経験的に思うのだが、覚えれば覚えるほどその曲が好きになるというのが一大鉄則なのであろう。そしてそれは単にクラシックにとどまらず、音楽全般に当てはまる大原則なのだとも思う。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
鮨屋から客帰るこゑ松の内 括弧
おおむね7日ま
でが「松の内」であろう。何年か前浅草へ行ったとき、15日までだと言われた。そこまで行かなくとも、我が町の「高尾宮岡みどりの景観地」と呼ばれるところにある氷川神社と須賀神社では、まだ松が取れていない。中旬にドンド焼きがあるらしい。
我が家の近くに鮨屋さんがある。歓楽街ならともかく、住宅地では宅配専門の大手鮨屋に押されてこのような店は少なくなったが、ここは健在だ。店はそれほど広くないが、配達の注文が多い。正月ともなれば、新年会やら、ほかでの新年会の流れやらで、店にやってくる客も増える。近くの店にお客さんの出入りがあると、ちょっとしたざわめきが伝わってくる。何となく懐かしさも催 す空気が漂う。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
湖(うみ)の辺の二日の木立鵯(ひよ)騒ぐ 括弧
「元日」ばかりでなく、松の内の一日一日が季語となる。人による差は
あっても、なるほど日ごとのめでたさの濃密は異なるし、周囲の動きも変わってくるから、「誰にも同じように絶対的なあり方として」とまでは言えないが、自ずとその日独特の空気というものがあるのだと思う。
さて、二日にはたいがい少し遠出する。前にも書いたが、吉見町の安楽寺を目指したのだ。この寺は日ごろから歩き慣れている八丁湖の南側にある。いったん八丁湖に出てから、山を回りこむように寺に向かった。少し風があったが、湖は穏やかで、いかにも正月の雰囲気と思えば思えなくもない。新年だってもとは人が作り出した概念に過ぎないのだから、そのような雰囲気を感じ取っているとすれば、誰もが巨大な「共同幻想」の中に浸ってのだと言えるのかもしれない。 もちろん、決してネガティブな気分でそのように思ったわけではない。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
冬晴れを四方(よも)に比企行く寺巡り 括弧
「比企」とは埼玉県
比企郡を指すことになるが、市となってしまえば郡名は消えてしまうから、地域名としてはややあやふやである。東松山市がその中心となるはずで、鎌倉時代の比企氏に由来する地名なのだから、「比企」というイメージが現在の比企郡と完全一致することはないのではないだろうか。イメージとしては丘陵地帯といったところか。実際に通ってみて、特に寺めぐりとなれば、山みたいな樹木に覆われた起伏があちこちに見られるのが特徴だと思う。いわゆる比企丘陵地帯なのである。
観音霊場巡りも全体の10分の1、しかも近場ばかりをモノしたに過ぎないが、出かけた 2日間とも冬晴れに恵まれ、初詣もかねた清新な気分でのお参りであった。目的地があるということ自体が行動の励みになると思うので、何年かかろうと巡りきろうと思っている。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
箱植ゑの冬の仙人掌枯れしとも 括弧
仙人掌はメキシコ辺りの
乾燥地から来たもので、何しろ南方系だから、日本では温室以外では育たないだろうという思い込みがある。それにもかかわらず、昔から庭先などに何年間も植えっぱなしの仙人掌が、枯死した茎の上に新しい茎を生やして、全体として背丈ほどの大きさに育って、堂々と場所を占めているのを見ることがよくあった。ウチワサボテンである。そういう実物を見ると目を丸くして、持ち主の家の子を大いに褒めちぎったものだ。もちろんその子が育てていたわけではないから、本人も褒められて、複雑な気がしたことであろう。ことほどさように、仙人掌というもの、寒さに弱そうで意外に強い。我が家の軒下においてあるシャコバサボテンも今や寒さにめげず咲き乱れている。仲間は違うが、アロエという多肉植物も意外に枯れないもので、冬の間は防寒対策を施さないと死んだふりをしているが、春にはふたたび青んでんでくるからすごい。さすが「医者要らず」とあだ名されるだけのことはあるのだ。東京の、海に近い辺りを歩いていると、ここらでは霜がまったく降りないのか、何の防寒対策も施されていないアロエが軒先で花をつけていたりする。
さて、ウチワサボテンに戻るが、最近はその姿を見ることが少なくなった。もっと見栄えのよい植物がいくらでも買えるから、振り向く人が減ったのであろう。先日、所用のため出かけた行田市の市街部と農村部が混在しているような辺りで、川沿いに置かれた発泡スチロールの箱に入ったウチワサボテンを目にした。ほぼ枯れているように見えたのだが、どっこい暖かくなれば、ふたたび新芽を出すにちがいないのであった。あくまでも「死んだふり」なのである。(写真は本文と関係ありません。「イメージ画像」というヤツです。)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
山あひの観音霊場四日かな 括弧
八丁湖の、南方へ一山越えた感じのあたりに、山懐に抱かれるように名刹安楽寺がある。よく訪れているが、昨年同様1月2日に行ってみると、初詣の客で溢れかえっ
ていた。普段の静寂との落差があるから、まるで山が生き返ったかのようだ。山門を降りてただ1軒の土産物屋さんに寄って見ると、ここも大繁盛だった。ふと見ると「納経帖」の見本が置かれていた。なかなかに美しいものだったので、グリーンの表紙のものを1000円で買い求めた。衝動買いである。安楽寺が「坂東三十三観音霊場」の第十一番であることは、立札があるのでら前から知っていた。店の方が、ここの納経所に行けば御朱印がもらえます」と言うので、一度降りた石段を登り返し、本堂左手へ向かった。美しい和服の女性が出てきて、該当の場所にさらさらと魅力的な筆文字を記入し、御朱印をいくつか押してくれた。(順番は逆だったかもしれない。)「初めてなのですね」と円い「発願」という印も押してくれた。
33寺をすべて巡ろうと決めた。何しろ「発願」してしまったのだ。「ともかく広いですから、大変ですよ」と言われたが、神奈川から千葉、茨城まで関東地方の全都県に及ぶ。あの浅草寺も堂々一員である。何年かかるか分からないとは思うが、「発願」してしまったのである。
早速昨日は、東松山市の「正法寺」と都幾川町の「慈光寺」を巡った。いずれも「山間」と言っていいところにあるが、想像以上の名刹だった。これほどしっかりと寺を見たことはかつてなかったのではないかと思うほど、悠然と時間を過ごした。今後出かける際の目的地が沢山出来たという気分。信仰心の方 はちと覚束ない。写真・句とも正法寺でのもの。写真はクリックして大きくして見てください。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
冬林檎喰ふ檎の字など覚えつつ 括弧
俳句をやるようになって一番の功徳は漢字が前より読めるようになったことかもしれない。「海鼠」だとか「膾」あるいは「鰡」などは、結構読みにくい漢字だが、季語や季語の一部として使われている場合は、しょっちゅう見ているからいやでも形が頭に入る。電子辞書を持ち歩いては引いているのだから、俳句をやらないよりもやった方が漢字力向上に有利なのは当たり前である。
ところで、この「電子辞書」という代物、極めて便利である。
とにかく私のような無精者でも、日に何度となく使う。手軽なのである。専門家筋からの風あたりは強いようで、辞書を引くことによる副次的メリットが数々と挙げられて、「これらが失われてしまうではないか」と言われるのである。勤勉な方々にとってはその通りであろう。いちいちごもっともなのである。ただ、怠け者には手軽が一番だというだけのことだ。
そういえばパソコンを使うことについても、専門の方々からの風あたりもちろんある。文章を書くことによって老化防止にもなるというような論の果てに、パソコンではだめだとおっしゃるのである。その理由についてもお述べになるのだが、私には全く理解も出来ないから、記憶も出来ない。キーボードを打つという運動は文字を書くという運動と較べて、老化防止の効果が薄いのだろうか?逆にパソコンのメリットだけを一方的に挙げてみる。漢字が覚えられる。「ウソー!」と言うなかれ。手で書かないから字を忘れるなどというのはテイのいい言い訳だ。私など自慢ではないが、手で書いていた頃でも漢字は覚えられなかった。これは才能の問題なのである。逆に使える漢字の範囲は広がった。変換の際に現れる候補を見ているうちに、同じオンの字がいかに多いか思い知らされるからである。もちろんソフトに入っている漢字には限りがあるから、候補に出ない字も多く、結局電子辞書に頼ることになる場合も多いが、それだけ漢字に対する認識が広がることは確かなのである。例えば前は「トル」と言えばおおむね「取る」で済ませていたものだが、今では撮る、盗る、採る、取る、捕る、摂る・・・・などの候補が一挙に頭に浮かぶ。「におう」についても「臭う」なのか「匂う」なのかとすぐ考える。「あう」ともなれば、逢う、会う、合う、遭う、遇う・・・のどれがふさわしいかなどと思いにふける、と言うような塩梅である。
林檎の「檎」と言う字は昔から読めたが、書く方は「覚えては忘れる」 の繰り返しであった。才能がないのである。最近は書けるようになったが、いささか逆接めくけれど、これはパソコンで打つたびにサッとこの字が出てくるおかげなのかもしれないのである。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
枯れ銀杏据ゑて塚とも古墳とも 括弧
行田の埼玉(さきたま)古墳群は、県名の起源ともなっているくらいだから、古代の一大中心地だったとの認識は
明治以降もあったに違いない。この辺りには、公園として整備されている区域だけで、大きな古墳が10基はある。周辺にも比較的大きな古墳が数基保存されているので、6~7世紀にはここが地域の政治的中心地であったことに疑問の余地はなかろう。世界遺産にしようという試みもなされているそうだ。公園から元荒川を渡ると、純農村地域に入る。何度か歩いたが、そういう歴史を感じさせる空気がここらには漂っていると思わされることが多い。大古墳の時代が終っても、住民の間には他地域よりも埋葬についての意識が高かったであろうから、ちょっとした塚を見ても、地域の実力者の小規模な古墳だったのではないかなどと思ってしまう。事実、大小はあるが、畑の真中や街道沿いに、
樹木や園芸植物が植え込まれた人工のものと思われる丘は普通に見られるのである。そのうちのひとつ、「白山神社」として鳥居まで備えた中規模の塚に興味を持った。道路との間に三角形の地面が確保されていて、そこに集会所がある。鎮守さまとしての信仰がある場所と見られる。句の通り、はじめは「一里塚?」と思った。教育委員会の説明板があって、「末期の古墳らしいが、まだ調査が行われていない」とあった。この周辺、古代人の魂が今でも浮遊しているようで、調べれば面白いものが一杯ありそうな気のする、興味深い土地だ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
お稲荷の賽銭箱に木の葉かな 括弧
この稲荷は、句材を求めて大旅行をしたいと思いながら思うに任せない私にとって、貴重な句材提供リソースのひとつである。八丁湖は当然岸から立ち上がる丘陵に囲まれているのだが、ポンポン山へと高度を上げてゆくはじめのところは、小規模な「山」と呼んで差し支えないほどの条件を備えている。この「山」は、全体的にはまん円い丘にすぎないようにみえるのだが、谷筋と呼べるような切れ込みが何本か入っているから、その
谷と谷の間は非常に太い平滑な斜面に過ぎないように見えるけれど、相互関係を念頭におけば何本かの尾根に当たっているのである。その「尾根」のひとつを登りつめたところにある、だだっ広い原っぱのような場所に「原伏見稲荷」と扁額を掲げた、粗末な小屋風のつくりで八畳間ほどの広さを持った稲荷があるわけだ。この小さな建築物の前に、お狐様などの小さな石像群があって、首が取れていたりしているのは少し不気味だ。裏手には箱一杯に、彩色を施した小さな石像が詰め込まれているので、かなり地元で大事にされてきた稲荷なのではないかと思われるフシもある。この場所に来るたびに1句は詠むから、ここでモノした句は、出来栄え別にして、数え切れないほどだ。賽銭をあげる前に鳴らす鈴はへこんでいる。賽銭箱といっても、お金が入っているかどうかは疑わしく、埃の色に染まっていかにも頼りなげだ。この場所には樹木が立ち並び、芽吹きや紅葉の時期には隠れた行楽スポットだと思っているが、訪れる人は意外に少ない。湖岸からの登り口には真っ赤に塗られた鉄製の鳥居があり、色のせいでそばに寄らなければ分からないが、相当に錆が浮き出ている。
実はこの「尾根」は両端が崖状になっていて、そこには、特に右側に多いのだが、「黒岩横穴墓群」と呼ばれる古代の墓穴が無数に穿たれている。とりあえず柵をして保護されてはいるが、調査は進行していないようである。古墳も含めてこのような場所には後に人々が築いたと思われる祠の類が必ずと言っていいほど設置されているようだ。墓所が神聖な場所と考えられていたからにちがいない。
お稲荷の鈴凹みゐる大暑かな 括弧
鉄錆の浮きたる鳥居冬ぬくし 括弧
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
老いてなほ気の短くてお元日 括弧
昨年の正月に作った句である。「老いて」などとわざとらしく使ったのは、統計上「老人」とされる年齢に達したと知ったからだ。いわば一種の皮肉を込めているのだが、読者に分からなくても仕方がない。老いたことをあまり嬉しがってはいないことだけ
は分かってもらえるのではないだろうか。
気が短いのは幾つになっても直らない。普段は穏やかそうに見えるから余計にいけないらしい。5年に一度くらいは失敗しているが、最近は期間が短かくなった。
岸本尚毅さんの「俳句の力学」という本を面白く読んでいる。大雑把に纏めては作者に失礼かもしれないが、俳句には、歴史を経て実に中身の濃くなった 「季題」というものがあり、音楽の指揮者たちがマーラーの同一の曲をさまざまに奏でるように、俳人はこの「季題」をさまざまに料理して見せるのだという。 季題はこのように、音楽でいえば曲の題名に当たるほどの存在だということになる。季題をそのまま詠うこともあれば、他のものとの取り合わせによって一句を ものする場合もある。取り合わせにもリスクをとって高い効果を挙げようとするものと、類想の海に埋没する危険はあるが、一般には分かりやすいものとの2種類あ るとの説である。一読納得した。今日の句で言えば、「元日」という季語と「老いてなお気が短い」という事実との取り合わせということになるが、どちらかと 言えば後者の方の取り合わせということになるだろう。老いても気が短いひとなどいくらでも存在しそうだからである。
この本はまだ途中なのだが、例えが面白い。上で述べた取り合わせにおいて、季題が主役となる場合もあるが、むしろ刺身のツマみたいな位置を占める場 合も考えられる。レギュラーの寅さんが主役であるけれど、ゲストであるマドンナが中心をなす場合があってもおかしくはないのだというのである 。
言い忘れました。今年もよろしくお願いします。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
最近のコメント