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2009年2月の投稿

2009年2月28日 (土)

桃の花

  桃の花挿して海辺のホテルかな  括弧

昨年の奄美旅行Cspliox_136_sp0000で名瀬に泊まったのが2月27日だった。1夜明けてちょうど1年前の今日にあたる。あたたかくてホテルのロビーには桃の花が活けてあった。ホテルは岩床の浅い海のヘリに立っていて、明けて翌日の朝日の中では余計にのどかな感じになった。石蓴(あおさ)採りが来ている。桃の節句も近いが、わが地では桃の開花はまだまだ先だ。さすが奄美ということであった。この旅行については「括弧・確固のホームページ別館」で紹介している。このページもあと数カ月で閉じなければならない。本館に説明した通り、パソコンを変えたために、プリインストールされていたソフトが使えなくなったのだ。残念だが、市販もすでに終了しているということでやむを得ない。すでに更新もできなくなっているのだが、支払い済みの 料金が切れれば閉じなければならない。

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2009年2月27日 (金)

春寒し

  春寒し「幸福」といふ診療所  括弧

ずいぶん急速2_007に春が進んだと思ったら、ここ数日間は冬に逆戻りだ。今霙が降っている。「霙」はまあ春の季語ではあるが・・・。今月上旬、行田市の農村部を歩いていた時の光景だ。県道沿いに広い駐車場みたいなスペースがあったので入ってみたら、診療所の前だった。道路の傍に看板があって「ハピネス診療所」とあった。休診日だった。面白いので写真に収めたのだが、そのカメラを翌々日くらいになくしてしまったのであった。パソコンに画像を取り込む前だった。だから今日の写真は全く句とは無関係である。今月10日くらいのことで、このサイトでもそれを大いに嘆く記事を載せた。女々しいがまだ立ち直っていない。

2003年にオリンパスのカメディアを買った。5万円以上したと思うが、今から思えばデジカメとしては大きすぎる。ファインダーをのぞいて撮るのが原則となっていた。画素数も少なかったが、メモリーカードはノーマルで80枚程度しか収容できなかったから、長期の旅行に備えて5枚くらいはそろえた。現在、普通に生活している人がメモリーカードを複数枚買うというような機種はないのではないだろうか。1回修理に出したが、いまだに使っている。ファインダーをのぞくという方法がシュアで、植物のクローズアップに適しているからだ。失くしたやつは2005年ころ買ったリコーのカプリオという機種で、3万円台だった。超ワイドの気持ちの良い景色が撮れた。マクロ撮影の効果が強力である。ただし、超マクロで1センチくらいの距離から撮ると、ピントが合わないことがよくある。手ぶれしてしまうのだが、それでも奇跡的にすごい拡大写真が撮れることがあって、楽しみだった。これを持ち歩いては手の一部のように使いこなしていた。だから失って残念なのである。今回代るものがほしくてキャノンのイクシーという機種を買った。大きさはカプリオの半分以下という感じだ。超ワイドではない。1万円台(ほぼ2万円)で買えたから、デジカメはこの6年間でずいぶん安く、小さく、高度になったものだと思う。まだ手になじんだという感じはない。お客さまを連れ歩いてるようなのである。マクロ機能が前のものほど強力ではないが、手ぶれ防止が効いているのだろう、ずいぶん安定している。

これらのカメラとは別に、去年買った1眼レフ(ニコンD80)は、以前使っていたAF(オートフォーカス)のレンズがそのまま使えるというので買った。レンズを買わなくてすんだ分割安であった。重い上にかさばるので、特別のものを撮りに行くときしか使わない。いつの間にかカメラの棚卸となってしまいましたね。

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2009年2月26日 (木)

薺(なずな)

「02.jpg」をダウンロード   花なづな耳打つ風の騒がしく  括弧

そういう覚えの034_sp0000ない人にはなんのことかといったところ。今頃は目には見えないほどだが北風が吹いていることが多く。独りきりで田畑を歩いている時など、静けさの中でこれが耳に当たると騒がしい。単独行動を好まないシティーボーイやシティーガールの皆さんにはピンとこない可能性が高い。

ナズナはとても強い植物で、真冬でも陽だまりに矮化した姿で生えている。花さえつけていることがある。寒波が続けざまに襲い、さすがに枯れ果てたかと思っていると、勘違いかも知れないが、また緑を取り戻して育ち続けるようにも思える。こういう現象を「こまがえる」というのだそうだが、実際そうなのか、あるいは枯れてしまったあと即座に別の芽が伸びてくるというに過ぎないのか私にはわからない。これからの季節には、ナズナの姿は どんどん大きくなって、まぎれもなくナズナであると万人の目に明らかになってくるはずだ。

左上の「ナントカをダウンロード」をクリックすると、ナズナの画像が見えます。

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2009年2月25日 (水)

防波堤

  鳶影をよぎらせ春の防波堤  括弧

再び沼津千本浜公園の景である。防波堤上を港まで歩いてから、陸側Dsc_0034_sp0000に降りて、松林の中の通りを歩いて戻った。牧水記念館が、道端にどちらかといえばひっそりと立っていた。そこへ寄ってから再び防波堤上にのぼり、車を止めたところまで戻った。突然鳶の大群?が目の前を乱舞した。たまたま首にぶら下げていた一眼レフのシャッターを続けざまに切った。餌を与えている女性がいたのだ。たちまち気持ちは萎えてしまったが、良し悪しは別にして、カラスまで参戦する食糧争奪戦を観戦することとなった。餌など与えなくとも、海岸だから鳶はいくらでもいる。富士山を背景に飛んでいる姿は、実際の彼らの動機がどんなものであれ、悠然たるものである。

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2009年2月24日 (火)

海の風

  岬端(さきはな)へ伊豆の春吹く海の風  括弧

伊豆の旅行は帰途がDsc_0088_sp0000東京の春一番と重なったのだが、2日目は予報に反して早くも午前中から少雨となった。爪木崎はあきらめようと思っていたが、下田の「道の駅開国しもだ」で昼食を終えてみると雨がやんでいた。少し戻って爪木崎への道をとったのだが、これが成功だった。水仙の時期はずっと前に終わっていたが、まだまだ咲いてはいたし、想像以上に広大な面積にわたる起伏の豊かな岬であった。春怒涛という表現がぴったりの光景が繰り広げられていて、今回の旅のハイライトとなった感がある。人出 は少なかったものの、それがむしろよかったともいえるので、異国情緒さえ醸す空気であった。

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2009年2月23日 (月)

流木

  下げ潮の浜に流木春の鳶  括弧

伊豆旅行の途中で沼津の千本浜公園に寄った。春一番がやってくる直Dsc_0015_sp0000前で、あたたかく春めいていた。波には遠く嵐が発達中であることを予告するところが幾分あったと、今になっては思うが、その時は穏やかな日という印象の方が強かった。今回の旅行で海岸をいくつか見たが、浜がきれいなことが意外だった。ボランティアの活動で清掃が行き届いているということなのだろうか。それとも昔から伊豆の海はきれいだったのだろうか。ゴミ一つないというのが、正直な印象だった。鳶が多いのにも驚いた。いいのか悪いのかわからないが、餌をやる人がいて、その周りに数十羽の鳶が獰猛な目をして集まってくるところは壮観だった。カラスもおこぼれに預かっていたが、姿では見劣りするものの実質的な面では強さを発揮する鳥だと 思った。牧水記念館によって、のんびり一帯を歩き回った。

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2009年2月22日 (日)

男体山

  残雪の男体山の見ゆる家  括弧

これもある意味では蒸し返しだ。なんども書いたことがある。我が家からJanuary14_015_2見える男体山のことを言っているので、きわめて主観的・個人的な句でもある。昨年、日記をつけるような気持ちで作った句の一つで、それをひっぱりだしてきたのである。戦時中、父母の故郷である今の地へ、母の実家をたどって疎開してきた。父は勤務を続ける都合で単身赴任のような形で地方に残ったのである。戦争も終わり、いつまでも親戚の所にいられないので、失業した父が戻り、畑の真ん中を借りて粗末な家を建てて住みついたのが現在私の住んでいる土地である。ここからは、富士山も秩父嶺も男体山も赤城も、なんでも見えた。その代わり砂ほこりもひどかった。吹きっ晒しの春北風に、粗末な家はあぎしぎし音をたてて揺れた。家の中にはうっすらとほこりが積もった。このような家で火鉢だけの暖房ではきつかった。そのかわり天気が良ければ山が見えた。

今でも見えるのは男体山だけである。その周囲の日光連山も見事にかくされてしまった。この山だけがくっきりと見えているというのも、不思議な光景だ。すべてが建物でかくされ消えてしまったのに、なぜこの山だけが残ったのか。我が家に沿って通る街道は我が家のあたりでカーブしてここから真北に向かう。道筋に沿って奇跡的になにも狭雑物の邪魔しない空間ができているのである。考えてみると不思議 な現象である。深い深い井戸の底に落とされて、そこからわずかにぽっかりと天井の口がみえて、その口中に一本の青い樹木の姿が見えている。そんな場面が想像できれば、この不思議さも理解してもらえるのではないだろうか。

この写真は、我が家からのものではない。我が家からは、中央の男体山の部分だけが見えるのである。

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2009年2月21日 (土)

野梅

  切岸の下に野梅の三分咲き  括弧

「野梅」とよく詠まれるが、P3070010何ものだろう。普通の梅が手入れもされず野山に生えていればそれが野梅だと思っている。ネットで調べて見ると、盆栽では「野梅系」として何種類も売買されているようだ。原種に近い品種という説明もあるので、一重咲きで素朴な味わいのものを指しているのであろう。自然観察公園には梅畑が隣接しているが、森の中に取り残されたように花をつけている梅もあって、品種のことはわからないが、これこそ野梅だろうと思っている。要するに「野」に咲く梅なのである。梅園へ 大勢の人と大騒ぎして見に行く梅とは一味違った味わいがある。白加賀がほとんどだと、それしか知らない私は思うのである。

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2009年2月20日 (金)

野蒜(のびる)

  地のにほひ嗅ぎては野蒜撮りにけり  括弧

前から植物には興味があって、カメラを向けることが多かったが、6年3075前デジカメを買ってからはことにたくさん写した。接写が楽にできるのがうれしい。フィルム写真と違って、パソコン上にためておくだけならタダだし、失敗してもあっさり捨てられる。そのようなな次第でパソコン上に、分類され、一応のデータが付された数千枚にのぼる膨大な画像の植物図鑑ができた。もちろん定期的にバックアップもしているので、事故があっても失われる枚数は大したことはないだろう。野道を歩いていても、俳句以外にこういう仕事があれば退屈しないですむ。変なところにしゃがみこんでいる私を不信の目で見る方々もおられるかもしれないが、知ったことではない。この句、昨年の2月22日のものだが、肝心のその日に撮ったはずの写真が見つからない。まだ生えてい ても糸のような細いものにすぎないから、見劣りがするので捨ててしまったものであろう。代って掲げたのは5月ごろの野蒜である。このように生長しきってしまっては、もはや食べるに適さないであろう。

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2009年2月19日 (木)

春北風(はるならい)

  干しものの捩れしままに春ならひ  括弧

「春ならひ」はすでに何度も登場している「春北風(はるきた)」と同じものP3080002である。北風がむしろ春になってからの方が強烈だという事情についてはすでに書いた。広辞苑には漢字をあてずに「ならい」の項目があり、「冬の強い北風」のことだとしている。俳句では「ならひ」に「北風」を充てることがあるが、ルビでも振らなければ一般には読みにくいであろう。

昨年のちょうど今頃、お気に入りの旧川里町屈巣付近を歩いていた時の光景である。偶然今朝も割と強い「春ならひ」が吹いている。このような光景が同じ場所で同じように起こっているのではないだろうか。集落に比較的新しい家が建ち始めている一角がある。農家の二男・三男が親の土地を貰ってマイホームを築いたのであろう。子供のシャツなどが干してある。庭自体がまだ庭としてなじみきっていないところに、とってつけたように石蕗が咲いていたりコスモスがひと固まりあったりする。雑草が目立たないのは、よく草を採っている証拠でもあるが、雑草自体がまだ棲みついていないのではないかという気さえする。こういう家ではほぼ例外なく、干しものは広い庭の一隅に物干し竿を渡してつるされている。

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2009年2月18日 (水)

犬ふぐり

  犬ふぐり日差し集めて池の辺に  括弧

昨年の作から。犬P2080013ふぐりは好きな花だから、何度も取り上げたし、残念ながらパソコン引っ越しに伴って更新不可となった、「括弧括弧のホームページ」ないしはその「別館」で詳しく述べさせていただいた。1月には早くも陽だまり等に一輪咲いていたりするが、今時が最盛期かもしれない。最盛期といっても、この植物自体は春が深まるにつれますます生長し花も増え、勢いが増してくるのは当然の成り行きである。見ごろはいまだというにすぎないのである。曇ってうすら寒い日などは花は閉じている。やはり陽が当たらないと元気が出ないのであろう。

ご存じと思うが、今野原に幅を利かせているのはオオイヌノフグリである。日本古来のイヌノフグリは、ここらではほぼ絶滅状態。タチイヌノフグリは見られるがあまりにも小さいし、開花時期も遅めである。「フグリ」とはなんぞやという疑問についてはすでに語られすぎた感がある。

なお、なお、♪『ゐのこづち』の1句が詩人の高田昭子さんのサイトに掲載された。嬉しい。アドレスは下記の通りです。クリックしてください。

http://www.haizara.net/~shimirin/blogs/takata

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2009年2月17日 (火)

春近し

  春近き陽を揺らめかせ風とほる  括弧

冬の季語に戻る。P2080010今朝はそれほどの冷え込みだ。1月の下旬から陽の光が強まってくる。いわゆる「光の春」というヤツだ。それと同時に低気圧がしょっちゅう通過して春の嵐をもたらす。通過後も一時的に強い冬型を構成することになる。いずれにしても強風の日が多いわけだ。実際、八丁湖の森を何百回歩いたかわからないが、風が森を鳴らすという事態はたいがい今頃おこるように思う。落葉樹は裸状態なのだから、鳴っているのは主に常緑樹だけのはずだが、そうとも言い切れない微妙な作用が働くようだ。

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2009年2月16日 (月)

梅の花

  畦道を梅のほころぶ鎮守まで  括弧

梅の咲く時期には、木P2100010ごとに相当開きがあるようだ。もう何日も前に、お気に入りの旧川里町の農村を歩いていた時、1本だけかなり咲きそろった木が塀からはみ出ていた。この句は別の場所でできたものだが、写真は川里のものである。梅情報であるが、昨日は湯島天神へ吟行。ここではほぼ満開といってよく、見事に選定されているのには感心しきりだった。満開に近い状態に見えたが、これで梅まつり期間中見ごろが続くのだろうか。ほぼ「白加賀」という、普通の品種で、実を採るために農家が栽培するのが大体これらしい。花もシンプルで香りよく、私には無数にあると思われる 変わり種よりもこれこそが梅だと思える。12・13日の伊豆旅行では紅梅が目立ったが、ほぼ末期を迎えていた。梅よりも河津桜という土地柄なのである。

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2009年2月15日 (日)

春隣(はるどなり)

  駅頭に車一台春隣り  括弧

「春隣り」と言えば、一般的には今がころ合いと思われるかもしれなPim0383いが、春は立春から始まっている。だから正確には少し古い句となってしまった。句会との兼ね合いでどうしてもこうなる。こちらで公開してしまった句を句会に出すわけにはゆかないからである。この句、郊外のコンビニの広い駐車場にとまっていた1台の車を見て、まだまだ空気は冷たいけれど、光の強さの中にどこか体が感応するのを覚えて浮かんだものである。40年程も前に大糸線の柏矢町駅から春まだ浅い安曇野を山葵田まで歩いた。その時の景に置き換えてみたのである。3月と言えば、すでに暦の上では春の真っ盛りであったが、山国ではちょうど「春隣り」にふさわしい時期だったのである。

昨年この駅を再び訪れて、その雰囲気が全く変わっていないことに驚いたのだが、それは「括弧・確固のホームページ、別館」に記したとおりである。春を待つ気持ちは、厳寒の山国に住んでいる人たちにとって、比較的温暖な平地に住んでいる人々よりははるかに 切実なものなのではないだろうか。

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2009年2月14日 (土)

春の嵐

  紅梅のはらりと嵐来る気配  括弧

2日間の伊豆の旅にP2130024出た。1日目は沼津の海岸に遊び、伊東のリゾート地をあちこちして伊豆高原に泊まった。2日目は東京で春一番という嵐の日に当たっていささかひどい目に遭った。海岸沿いの国道だというから、ろくに通ったこともないのに、国道136号を勝手に穏やかな海べりの道だと想像していたのである。西伊豆にはあまり人がゆかない理由がよくわかった。ずっと曲がりくねった山道なのである。普段なら別に嫌いなタイプのコースではないが、何しろ断続的に雨である。天城に入ると霧がかかり、視界は10メートルにも満たなくなった。そんなこんなで遅れた分、街に出てから渋滞時間に重なることになった。沼津インタまでのノロノロははひどかった。

それより前、下田の了仙寺に寄った時は、一度降り出した小雨も上がり、天候は小康状態だった。終わりかけている紅梅の花びらが、一時にさっと落ちてきた。桜と違って一挙に落ちるという瞬間はそうはないので、思わず目をひかれた。

南伊豆では、河津桜がいたるところ満開である。河津町では桜祭りの最中である。菜の花も咲き乱れていた。 ピンクの勝る河津桜とのコンビネーションはなかなかである。

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2009年2月11日 (水)

引っ越し

  引つ越しを思ひつきたる春立つ日  括弧

このようなことは、人生においていくらでもあるかもしれない。春でなくとも・・・。だが、この引っ越し、実は偽物である。パソコンの引っ越しなのである。5年半使ったXPは実に使い勝手がよかったのだ004が、何せ業者の言いなりに次々に荷物を積み込んでいったものだから、動きが重い。立ちあがりに、時々30分近くかかる。またウイルス対策ソフトが関係して立ち上げに失敗することがある。自動的に全ファイルスキャンをやってくれるのはいいのだが、最近では5時間ぐらいかかる。「ナントカメモリが不足しています」というような表示があって、時々ストップしてしまう。ついにアイソを尽かしたのである。

パソコンの話ではなく、実際の引っ越しが嫌なのは、古い方の家の後片付けから、新しい家の整理整頓まで、想像するだにうっとうしいからである。これはパソコンの引っ越しでも全く同じだということがよくわかった。そもそもVISTAなるものへの転居は、98からMEとかXPへの引っ越しとは大違いである。XPにしたときには基本的に前のものと考え方は同じであった。便利になっただけなのだった。今回の場合も、最後にはそう思えることを望むが、大仕事らしいという思いの方が強い。コンピュータ同士をつないで一挙にやってしまうのなら別かもしれないが、必要な写真だけ一枚持ってゆくのも大変なのだ。説明できないが、そもそもの考え方が違うのである。DVDは美しくワイド画面に映るのだが、音声が出ない。問い合わせるにも手続きが必要である。引っ越しの整理には半月くらいかかるかも知れない。暗澹たる気分である。

ようやくネットとメールだけは自由になった。すでに夜であった。メールが来ていた。拙著『ゐのこづち』から、

   たちまちに車内に桜餅匂ふ  括弧

が「清水哲男『新増殖する俳句歳時記』で取り上げられているという。開通したばかりのネットで検索(お気に入りも作ってないわけですから)、土肥あき子さんが取り上げてくれたのだった。みなさ~ん、明日までは、お蔵入りしないので、ページを開けばすぐ見られます。文字検索ですぐ出ますよ。読んでくださ~い。

ところで、長い間遠出もできなかったのですが、明日から短い旅に出ます。2日間ばかり、このブログを更新できません。それから、リンクにある、私の元来の住居であったホームページ2本が、ソフトがなくなったことに伴って廃止とならざるを得なくなりました。さみしい限りです。これも引っ越しの影響ですが、早晩そういうことになったでしょう。作成ソフトが今回のものには搭載されていないのみならず、製造元に問い合わせたところ、生産停止になっているらしい。廃盤ですね。時間をみて、次ぎのテを考えましょう。とりあえず数カ月間はネットの海に 漂っているはずです。

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2009年2月10日 (火)

集落跡

  

いにしへの集落跡とあり寒し  括弧

わが町の西端は、北から南へ流れる荒川に接し、岸は大宮台地北009端部に当たる。水利もよく、水害にも強い場所だから、台地上には古代から人が住んでいたらしい。小規模ながら古墳も見られるし、台地の最最北端と思われるあたり(鴻巣市に含まれる)には、行田の古墳群で使われた埴輪を生産したと言われる窯跡までそろっているのである。台地の斜面を利用した一種の登り窯ということだろう。やや南へ下がって、今ではさくら公園ということになった眺めのよい丘は、やはりこの台地の一部であり、付近の阿弥陀堂あたりでは湧水も見られて、カタクリの群落があるというおまけがついている。この付近に、一見何の変哲もない1段ほどの芝地が、潅木の植え込みに囲まれて確保されている。出入りも自由で、ただの芝地にすぎないから見落としがちだが、看板には「古代住居跡」とある。なるほど芝地のあちこちに凹みが確認できるが、これらは竪穴式住居跡だという。弥生時代あたりのものも含めて、新しいものでは平安時代に属するものもあるらしいと言うから、数百年間にわたって竪穴式の住居が繰り返し作られた場所なのである。この芝地に限らず、付近一帯には庶民の家が絶え間なく存在していたものであろうか。調査はいまだ十分行われてはいないようだから、もったいないようにも思うが、せめてこの芝の部分だけは確保して保存しているということであろう。大変興味深い場所だと思っているが、わが「徘徊」の途中で付近をよく通るものの、さほど身にしみて眺めたこともない。来月下旬ともなれば、公園には大勢の人々が繰り出し、この土地も桜祭りのメーン会場の一部に過ぎなくな ってしまうであろう。

この芝地を撮った写真が見つからない。掲げたもののすぐ左がその場所に当たる。少しだけ芝の片鱗が見えている。

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2009年2月 9日 (月)

風邪ごこち

 

 街灯に雨白き夜を風邪ごこち  括弧

「風邪心地」などというP2080014_2語を誰が使い出したものか、実に気分のわかる表現だ。誰でも風邪の一度や二度は引いたことがあるだろうから、そういう感じははっとするほど胸に落ちるので ある。ひとつには微熱のせいか、はたまた鼻が詰まって呼吸が困難になったせいなのか、この世が、薄い皮膜の向こうに遠のいてしまったかのように、自分との有機的な関係が切れてしまった存在として見えてくる。自分の声さえも外耳を通して聞こえてくる通常の声ではなくなり、内耳から、やはり薄い膜を通して、逆方向に鼓膜に達っしたもののように感じられる。先日のような時ならぬ大雨の夜など、立ち尽くせば、降雨もまた夢の世界の出来事のようだった。自分とは無関係にただただ大粒の雨が雪ではないかと思えるほどの厚みをもって濃密に落下してくるのであった。

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2009年2月 8日 (日)

失せもの

  

失せものをして春北風(はるきた)の新都心  括弧

ボケたのかも知れない。一昨日、さいたま新都心駅改札口の通路を隔January14_002てた反対側のベンチに、自分の手の一部のようにして使っていた小型デジカメを置き忘れたらしい。高価なものではない。しかし、過去三年間以上にわたってホームページとこのブログで使っていた写真の大部分はこのカメラで撮った。事実上毎日使っていたのである。新しい充電式電池に替えたその日であった。3ヶ月ほど前、旅行のお土産と、やはり電池を入れ替えたばかりの小型電気剃刀の入った旅行鞄を電車内に 置き忘れた。このときも、他人には価値のないものがほとんどだったはずだが、出てはこなかった。今回も、新都心駅とけやき広場の交番に問いあわせ、交番では紛失届けまで出したが、出てこなかった。北風がやけに寒かった。あきらめきれず、JR東日本の落し物問い合わせに電話したが、コンピューターには該当するものの入力はなかったらしい。警察に届けたはよいが本当に探してくれるのだろうか。電子的に記録が残るだけだったら、落し物をデータベース化しても何の役にも立たないではないかと、八つ当たり気味の考えまで浮かんだ。(これは以前から抱いていた疑問でもある。コンピューターに記録されたものを誰が検索してくれるのだろうか。届け出よりも遅れて登録されたら、誰も検索しないまま結局落とし主不明に終わってしまうのではないか。)

失くした私が悪いのです。他人を恨んだとてどうなるものでもない。買い換えるくらいのお金はあります。他にもカメラは持っています。でもでも、ここまで使い込んだカメラを失って、日ごろの体制をどのように保って行けるでしょうか。その夜は新聞配達がブンブン飛び回る時刻まで眠れませんでしたよ。自分の不注意以外に責めるべき対象もないが、当分立ち直れそうにない。拾った人はこの記事、読まないだろうな。

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2009年2月 6日 (金)

悴(かじか)む

  

悴みて野球見てゐるだけのこと  括

春になったが、俳句はまだ冬のままでゆきたい。今朝も北風が強く、寒010くてまさに「悴み」の季節という感じがする。わが総合公園には本格的な野球場もでんとそびえているが、多目的グランドもついていて、少年野球やサッカー、(老人?)グランドゴルフ大会など、まさに多目的に使われているようだ。使用頻度は季節にもよるが、時に散歩の途中で、思わず見とれてしまうのが野球である。サッカーも時折足を止めて見ることがあるが、一度に数試合が行われていたりするので、注意が集中しきれないのである。寒いときなど、高校野球なら対外試合禁止期間だよななどと思いながら、5~6分間足を止めていたりする。道具もろくに揃わないまま空き地でやっているの に気づくと決まってしばらくは眺めていた子供のころからの習性がまだ抜けていないものと見える。当時と比べると、さすが現代の少年野球はレベルが高いと、感心頻りである。

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2009年2月 5日 (木)

地平

  

地平まで鉄塔続く冬野かな  括弧

出来すぎというのか007_2 、予定調和的というのか、そんな光景である。いったい今の日本にこんな場所があるのかという疑問さえ湧いてくるであろう。地平線が見えるような土地は、かつて外国でならでずいぶん見たけれど、わが日本ではわが関東平野が一番の広さを誇る平野なのであって、もしここで見られなければ他では到底無理だとも言えるわけだ。もちろん広さがすべてではないから、十勝平野のほうが実感的には広いと見える可能性はある。ただ、遠くへ目をやれば、視界は海に至ってしまったり、逆に山へたどり着いてしまったりして果てるというのがわが国土のありようなのではないだろうか。

わが里は都心へわずか50キロ、鉄道沿線はベッドタウン化し、各市町村ごとに工業団地が散在する。開発は田園地帯を襲い、あたりの河川の岸にはいたるところポリ袋がへばりついている。自然は虫食い状態に「開発」され、不況になれ中途半端に放置される。心の中でそれらの不純物を篩にかけて取り除いてからでないと、自然への賛歌などは空々しいのである。

さてまたも横道にそれてしまった。アメリカ開拓民たちが、原住民たちの存在を無視してではあるが、大陸横断鉄道をブっ通したころのような、あるいはまた中東の砂漠地帯のド真ん中のような、地平線までが文句なく見通せる場所が果たして今のわが国に存在するか。この句ではいくつかの夾雑物 を意図的に脳内で排除して、ある意味では最も原初的な文明の象徴である送電線にだけスポットを当ててみた。実際の景は写真でご覧あれ。

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2009年2月 4日 (水)

焚き火

  

焚き火守(も)る人ひとりゐる野菜畑  括弧

今日から春である。昨Kannchuukannchuu_003日までは「春を間近に控えて・・」という状態だったわけで、田畑では土起こしも始まっていた。冬には何も作られていない畑が多いが、大小はあっても野菜畑は随所に見られる。畑ではあれこれの不要物を始末しなければならないから、時々焚き火の煙が上がるのが眼にとまる。昔のように暖を取るための焚き火ではない。片付けのための作業の一環である。

今では考えられないことだが、昔は畑に限らず、自家のごみは自家で始末しなければならなかったから、各家で物を燃やした。焚き火の世話は思いもかけぬ長時間を要するもので、燃やすべきものが少し多いとなれば、1日仕事と覚悟せねばならなかった。火が快調に燃え続くようにしておくためには絶え間ない気遣いと作業が要求されるものであって、さほど退屈と思う暇も無かったと覚えている。遠くから見えている状況とは大いに違うのが、焚き火の世話をしている当人が置かれ ている状況なのである。

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2009年2月 3日 (火)

春隣

  

釣堀の上にすぢ雲春隣  括弧

「暦の上では春」とCapliox_0011テレビ・ラジオのキャスターさんたちはよく口になさる。明日から実際にそうなるわけだが、実際は一番寒い時期じゃないかという「不満」がにじみ出ている言い方だ。そしてそういう感覚を多くの方が共有なさっているに違いないとも思われるのである。俳句をやっていて気がつくことのひとつは、いつしか自分の感覚が歳時記の世界に浸りきってゆくということである。単なる気温を問題にしているのならば、過去何年間かの日付ごとの平均気温を調べてみればよい。平均値では逆行は起こらない。立春を境に非常にわずかづつだが、確実に上昇してゆくのである。旧暦なら「初春」の時期である。この時期に新年を迎えることの合理性を強く感じる。安定した冬型が崩れて荒れ模様の日が増える。無論行きつ戻りつのまどろこしい変化の過程ではあるが、なんといっても光の強さに春は決然とあらわである。

暖冬のせいか、このような微妙な変化の時期が早まってきているようで不安である。冬芽はものによっては、既にはちきれそうである。毎年のことだが、「春隣」よりは「浅き春」と言った方がよいのでは思える時期が早まってきて いるように感じる。だからこの時期は句材の選択に困る。早く立春を越えて、思う存分「早春」を発見してゆきたいという気分に苛立つ季節なのである。

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2009年2月 2日 (月)

紙漉き

 

 簀(す)をかへすときの雫や紙漉き女(め)  括弧

紙漉きはやはり冬の仕事なのだろうか。小川町で紙漉きを見たのは厳049寒の季節であった。何度も繰り返される動作を十分間以上は見ていたが、孤独な作業だと思った。原料の溶けた水を簀を使ってはすくい上げ、独特の動作で水を切る。その簀をひっくり返して紙を取るわけだが、ともかく寒そうである。ひっくり返すとき雫が滴る。それが弱い屋内の光のなかでわずかに白く見える。そこに着目したのだが、感情移入をできるだけ避けた局面を描写したわけである。よいと思ったが、皆が皆よいと思うわけでもなさそうで、紙漉き女の瞳とか、技とかを描写した句の方が受け入れられやすいようだった。

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2009年2月 1日 (日)

蝋梅

  

咲きそろひゐて蝋梅の重さうな  括弧

里では蝋梅もそろそろ末期症状だ。農家の並ぶ界隈を歩くと、どこの家に011も1本はあるようで、行けど行けども香りが絶えない。打ち捨てられ荒涼としていて、畑とも空き地ともつかないようなスペースにも1本植えられていたりするので、今ではかなりポピュラーな木となっていることが分かる。蝋梅の名所には、秩父長瀞の宝登山頂があるが、他にもたとえばも先日の記事に取り上げた深谷の白鳥飛来地付近に、オウナー制を採った蝋梅林があって、何百本もの蝋梅がびっしり植え込まれていた。このようなまとまって咲いているような場所ではなかなかの存在感を発揮するのだが 、単独でうら寂しい畑の一隅に植えられているような場合は、蝋梅と言えどもなんとも陰が薄い。遠くから見て鮮やかな黄色というのでもない。色彩には思ったほど恵まれていないのである。

花には「萼」というものがない。というより、ともに葉から変異したはずである萼と花弁が、同一の色彩と感触の「花被片」と呼ばれるものになってしまったのである。私は何度も見ているのに、一度も花をもぎって手に持った覚えがないので実感としては分からないのだが、見た目には、厚みがあって、まさに蝋細工である。だからこそ「蝋梅」の名があるのだろうが、いかにも重たそうなのである。

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