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2009年3月の投稿

2009年3月31日 (火)

木(こ)の芽風

  自転車に鍬かつぐ人木の芽風  括弧

桜が咲きそうになImg_0319ってから寒の戻りが長く続き、桜という桜がそれぞれの開花段階で宙ぶらりん状態にされた。開花して2週間たっても まだ5分咲きというところもあれば、明日にも開花かという段階でフリーズしてしまったものもある。わが里の桜がその口で、昨日あたりになってようやくひと枝に数輪開いている状態になった。といってもこれはソメイヨシノに限ったことで、他の種類で寒さに強いものであれば、満開を通り越して葉桜になり切ったてしまったものもある。エドヒガンという、ソメイヨシノの親に当たる種類は通常子供より1週間ほど早く咲くのだが、今が盛りである。雑木の斜面などに点々と見られる山桜の類にも既に満開を通り越しものがあるから、こういう年にはあらゆる桜が一斉に咲いている時期というものがなくなるのだと思われる。いわゆる桜の名所ではソメイヨシノが量的には圧倒しているから、通常のお花見の空気が損なわれるいうことはないだろうが、各地の多様な種類の桜を集めた、わが町の桜公園などは、よく言えば見られる時期が異常に長い、悪く言えばいつも不完全感に付きまとわれたお花見状態のまま終わるであろう。

さて「木の芽」であるが、「きのめ」と読むと山椒の芽のことになってしまうらしい。「木の芽あえ」というのは山椒を使った料理である。したがってここでは無難に「このめ」と読んでおきたい。市内の谷戸付近の景観地の光景である。昨日などは昼間は本当に温かかった。夜には一転、県内に霜注意報が出されたので、10年近くも栽培している、ようやく咲いたばかりのシンピジュームの処遇に迷った。間もなくぐんぐん暖かくなるだろうという予感がある。

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2009年3月30日 (月)

ミモザ

  雲厚き日の町役場ミモザ咲く  括弧

「ミモザ」はなんとなくバタ臭さを感じさせる言葉だ。フランス語読みでも英語Img_0143読みでも「ミモザ」となるらしいが、フランス語的響きがそのような語感を生むのかもしれない。「ミモザ館」という悲恋を描いたフランス映画があったそうだが、残念ながら私は見ていない。若いころ植物などには無関心なまま読んでいた外国小説の中に何度も登場していたのを記憶の底にとどめているのかもしれない。

広辞苑では「ギンヨウアカシア」のこととしている。ただし手元の図鑑ではフサアカシアという名になっており、ギンヨウアカシアとは別種としている。この図鑑では両方とも別項目を立ててのせているのである。マメ科オジギソウ属の花だから、ネムノキや沖縄などで見られるギンネムの仲間である。今咲いている、ミモザと私が認識している花であれば、フサアカシアの名前の方があっていると思う。黄色の花が見事な塊となって垂れ下がるように咲いているからだ。さいたま芸術劇場の前庭にギンヨウアカシアの木が何本もあったように覚えているが、咲いたところは見ていない。あれはミモザと呼んでよいものなのだろうか。オジギソウ属一般をミモザと称しているといったニュアンスもありそうなので、学名とは違って、生活上の付き合いの対象としてのミモザは、やや曖昧模糊とした概念を持っているのである。そういえば少し離れてみたときのミモザの一つ一つの花形ははっきりと識別できず、まさに曖昧模糊 とした花の塊であるにすぎないともいえる。

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2009年3月29日 (日)

孔雀

  孔雀二羽鳩と棲む檻黄水仙  括弧

孔雀と言えばあこがれ004の鳥であった。上野動物園に連れていってもらう時に、一番見たい対象のうち には必ず入っていたものだ。インドに行った時には、町の路上に野生の孔雀が住んでいたので驚いた。御存じのとおり、インドでは(今ではわが国でも同じだが)、路上にはヒトも住んでいる。

孔雀が電線に止まっているところを見た時には、我が国の雀や鵯とたいして価値が違うわけでもなさそうだという気になった。そういえばわが日本でも、ちょっとした公園の片隅にある小動物園などには必ずと言ってよいほど孔雀の檻があって、運が良ければあのよく知られたデモンストレーションに遭遇することもさほど珍しいことではない。

この句の孔雀は、わが自然観察公園に隣る子供公園の一隅にある鳥の檻のうちの一つにいるもので、鳩は偶然入ったに過ぎないだろうと言われそうだが、実際には逃げ出すこともできないような檻の作りなので、孔雀と一緒に飼われているといっても嘘にはならない格好だ。鳥の中でも最上の美しさを持った存在であると聞きもし、信じてもいた孔雀が、かくも下賤な身分の鳥と一緒に暮らしているということに、初めはちょっとした衝撃を受けたものの、このようなことが取り立ててどうという性質のものではないのだと次第に思うようになった。それにつけても、南国にしか棲息できないと信じていた孔雀が、わが関東平野の一隅の、金網によって外界から遮断されているに過ぎない環境の中で、冬を越すことができているのだと考えると、孔雀に抱いていたあこがれが音を立てて崩れていくようでもあり、いささか残念な気にもなるのである。

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2009年3月28日 (土)

電波塔

  電波塔朱色に尖る鳥曇  括弧

「鳥雲に入る」、略して「鳥雲に」は、春になって渡り鳥が帰ってゆくこP1010013とを季語としてビジュアル化したものと言える。雲に入ってしまえば実際には姿は見えないのだが、一心不乱に雲の中を飛び続けている鳥の姿を想像すれば、そのように詠んでいいのだという無言の申し合わせのようなものがあると感じる。「鳥曇」はその頃の曇り空を表しているのであって、帰ってゆく鳥そのものの姿はなおさら薄い。

さて、電波塔であるが、私には送電線ではないという程度にしか区別がつかない。私的なものから公的なものまで、色々あって、情報と絡む存在だから、微妙な働きをしているものも含まれるだろうから、なんとなく不気味である。軍に関係するものかも知れないという発想をしてしまうこともあって、できれば近づきたくないような気分だ。赤く塗られた塔もあって、法的な理由があるのだと思うが、一定程度以上の高さがあれば常に光を明滅させている。なんとなくオソロシイものだという気分がいまだに抜けない。

電波塔の写真はあまり撮っていないことがわかった。「鳥曇」にあった写真などはどう探しても見つからなかった。 やはり怖いのであろう。

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2009年3月27日 (金)

残雪

  残雪の南アと八ヶ岳(やつ)を割る大河  括弧

浅間温泉へ泊まった。Dsc_0085_sp0000山中の観光道路はまだ閉鎖されているから、時雨状態の小布施に寄り、帰途には晴れ渡った清里に寄った。清里には41年前つれあいと一泊している。清里ブームのはるか前のことで、超ローカルな小海線の旅であった。その後一時は「新しい軽井沢」とまで言われたものだが、飯盛山へ登るために何度か乗降した駅は、駅前のきらびやかさと違って、昔のままであった。今回行ってみて驚いたのは、すでに斜陽化がささやかれているこの高原の観光地はさらなる発展を目指しているようで、駅は改築され、白亜の御殿のようになっていた。駅前は整備中で、工事のために自由に歩くことができない。41年前に泊まった、古い作りの「清里館」はモダンな宿に変わっていた。41年前には、4月の初めだったにもかかわらず、町に人の気配はなく、親切な駅員にこの宿を紹介してもらったのであった。水道は凍りつく寒さで、タンポポの花が食事に出たことを覚えている。当時タクシーで美しの森という展望台まで行ったことを思い出して、車で回ってみたが、よく整備されていて、そこで働く人々は親切だった。南アルプスから富士山までの眺望がよかった。

この句は長坂ICからカーナビの言う通りに清里Dsc_0082_sp0000 へ向かう途中での、(おそらく)川俣川を渡る橋の上にある展望台での景である。何しろ山がよく見えた。八ヶ岳はいわば南jから見ていることになるから、横長に悠然と言う景にはならない。南アルプスはかすみ気味だったが、まあ贅沢 は言えない。この時とばかり一眼レフを駆使して撮りまくった。俳句としては表現上の難点が多いと思うが、何しろこの私たち夫婦にとっての特別の場所である清里と、私自身へのあいさつ句である。大目に見てもらいたい。

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2009年3月25日 (水)

白木蓮

  木蓮や転勤花と呼びゐしが  括弧

新宿御苑は木蓮の真Img_0240っ盛りであった。間もなくわが里にも同じ現象が現われるであろう。すでにそうなっているかもしれないが、しばらく付近を歩く機会がない。この花はコブシより若干早く咲きだすように思っているが、そんな差はないとおっしゃる方もいるので、何とも言えない。いずれも突如真っ白な大きめの花を一斉にぶら下げるので、存在感の強い花である。「転勤花」と呼ばれていたのは、私の同業者がいつとはなく言いだしたもののようで、現役時代に何度か耳にした覚えがある。ちょうど転勤のころ、年によっては転勤の話が決まるころにはこの花が一斉に咲きだす。「ここに勤めるのももうわずかだ」といささか感傷的になっている時に咲くから思い出の中に生き続けることになるらしい。勤務校の敷地に咲いている場合など、嫌でもその花の盛衰を一部始終見ることになるが、あっという間に咲き、あっという間に散り終える。花そのものは短命な方だと思うが、桜と同様、咲いてからの気温によって、開花期間に差ができるだろう ことは容易に想像がつく。

明26日は更新を休止します。

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2009年3月24日 (火)

切り株

  切り株の一列春の香を放ち  括弧

「切り株」には、特に今のような自然破壊に対する嫌悪感がある時代ともなれば、印象に二面性がある。長い歴史的な経過はともかく、わが子供時代は戦後で、開発は近代化の象徴として100%善だと感じる気分があった。森の伐採現場を見る機会はなかったが、通学の途中でも、樹齢何百年という樹木を10人くらいの大人が寄ってたかって伐採している場面には出くわした。子供たちImg_0231は、ことが成就するまで、1時間でも2時間でも立ちつくして見物を決め込んでいたものだった。ついに倒れる瞬間には歓声が上がった。

現在のわが町にも自然環境を保護している地区があり、そういうところでは森林の保全のための間伐はよくおこなわれているので、切り株自体は珍しいものではない。そういう場で樹木の伐られた跡を見ても往時の空気をおぼえているから、伐採が悪と結びついた行為だという直情的な印象は受けない。機械であっという間に終わってしまうせいか、伐った跡はよく目にするものの、伐る瞬間の現場を見ることはほぼない。伐採中には人を近づけないということもあろうが、こちらとしてもたいして見たいとも思わなくなった。

かつて通勤で毎朝通った道に谷戸になっているところがあり、「旧鎌倉街道」と標識がかかっている。車がすれ違うことの難しいほどの幅しかない道である。その道の途中の大きな農家に植えこまれた、樹齢数百年はあると思われる欅が、最近片っ端から伐られた。一見すがすがしいほどのスペースが生じていて、どうしたのかと思ったら、人一人では抱えきれないほどの太さの樹木を伐った切り株が並んでいたという次第。まさに伐りたてで、木の香 を盛大に放っていた。誠に惜しい。

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2009年3月23日 (月)

春陰

  春陰や池のくびれに木の小橋  括弧

春には必ず天気が良いというわけではない。少し前、初春だというのCaplio_010に菜種梅雨めいた気圧配置が続いたことがあって、温暖化もここまで来たかと思わせた。春には意外に暗い曇り空も多いのである。この句のような場所は方々にあるが、あまりにも何気ないので写真に撮らないままに通り過ぎてしまう。この写真も別のところのものを探し出してきたもので、天候にも時期にも少しずれがある。実感とは少し違うのである。実際はもっともっと鄙びた感じの小池であった。池にかかる橋にもいろいろあって、太鼓橋と呼ばれるほどにもなれば、鎌倉の鶴岡八幡宮の赤い橋などが思い浮かぶ。そこまでゆかなくても石(あるいコンクリート)の反り橋程度はよくみられるもので、先日新宿御苑で目にしたばかりだ。この句の景はそんな有名な場所ではなかなか見られない。 何気なくも懐かしいような気分を醸し出す名もない池での話である。

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2009年3月22日 (日)

初音

  未完成初音なりけり水ひかる  括弧

もう半月も前に初音をCspliox_003_2聞いた。2度ほど、まだ不完全な囀りだったから、どちらも頭の中で「初音」としておいた。今年は例年より早いだろうか。鶯は冬の間「笹鳴き」と呼ばれる地鳴きを繰り返す。名前に恥じず、笹さえあればどこでも鳴いているといってよい。「チャッチャッ」という舌打ちのような声を等間隔で発し続けるのである。春のある日、一人前の囀り方になる。性に目覚めて縄張り宣言しているのである。口笛で応じてやると反応が面白い。他の雄の侵入かと身構えるのである。時々やってみるのだが、自然界を荒らしているかもしれないという 罪悪感が少々ある。

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2009年3月21日 (土)

川原鶸(かわらひわ)

  時をりは川原鶸鳴く戻り道  括弧

カワラヒワはそこいら中に2004416いる。なのにその存在を知らない人が多すぎる。雀程度の大きさしかないし、大群を作ったりはしない。アトリ科である。あのベニマシコに近いわけだ。昆虫も食べるが、むしろ草の実を食べているというイメージが強い。木の枝にとまって鳴いているが、電線にもよくいる。要するにはそこいら中に見られるのである。囀りは「キリキリキリ」という音が主体の心地よい、ものを転がすような音だ。地鳴きというのか、コゲラのような「ギー、ギー」という音もよく発するように聞こえる。「こんなところにコゲラなんて・・・」と思ったら、それはカワラヒワかもしれないと疑うべきだ。どちらの鳴き方にも、人の気を逆立たせるような要素はまるでない。聞けば気持ちが和らぐのである。太秦広隆寺で盛んに鳴いていたことを思い出す。忘れてならないのはその姿の美しさだ。小さいので目に止めたことがないという方も多いであろうが、翼に鮮やかな黄色が入っている。気づかなければ、「小さな雀みたいな鳥がいるな」という程度でしか認識できないだろう。ぜひその存在に気付いてほしい。これからのシーズン、町場の人も電線に注意である。

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2009年3月20日 (金)

落ち椿

  落ち椿雲間をもれし陽の中に  括弧

我が家には、園芸品種のおそらくはオトメツバキという名の八重咲Img_0225きがあって、相当な大きさに育っている。亡父が挿し木から育てたものと記憶しているが、花つきもよく、見事といえばいえるが、色はピンクで情感に訴えるところが少ない。つげ義春ではないが、『紅い花』の方がどこかブンガク的においがするのである。この品種の欠点は、花が木についたまま腐ってしまうことで、雨でも続いた後などは誠に見苦しい。初冬に一部狂い咲き?するが、寒さが募ると咲くのをやめる。春になって、十分な温かさに恵まれると、改めて一斉につぼみを開く。我が家のが今そんな段階である。

椿はシンプルな原種に近ければ近いほどよいと心得ている。さしづめヤブツバキなどが手近に見られてなおかつ飽きない花だと言えるのではないだろうか。白いヤブツバキもあって、これも嫌いではない。紅であろうと白であろうと、色に深みがあってなおかつシンプルというのが一番であろう。ヤブツバキは、年の暮ごろからずっと咲きついできて今に至る。既に盛りを過ぎた気配だ。花の形のままばっさり落ちるのは園芸ものと同じだが、落ちた後の風情には大きな差がある。とにかく絵になるのである。たくさん落ちれば妖気さえ漂うから、ゲイジュツ的なのでもある。椿は何といってもヤブツバキガやはりよいと思う 。

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2009年3月19日 (木)

堂守

  余寒なほ墓所に堂守住みし跡  括弧

この写真に写っているお堂は、60年も前にわが家族が母親の実家にImg_0214_2一時的に住まわせてもらっていた当時から、そこからほど近いこの墓所にあったもので、その後何回か修復を行っているはずだが、見た目には当時と変わらない(ように見える)。ここにはひと家族が住んでいたものだが、戦後の住宅不足と貧しさのために、方々のお堂に同じように人が住んでいたようにも思うので、別に珍しいことでもなかった。この句はここで60年前を思い出して作ったものではなく、別の墓地で、この写真とは係わりなくできたものである。こちらにも似たような建物があったが、ごく最近まで人が住みついていたに違いないという、生活臭のようなものがナマナマしく感じられたのであった。例によってその時には写真を撮る気にならなかったのだが、それはまだ人がいるのではないかという気持ちがどこかにあって、遺跡の写真を撮るような気楽さで、ふるまうことができんなかったせいであった。

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2009年3月18日 (水)

春の雲

  いづくからちぎれ来たるや春の雲  括弧

「春の雲」といP2080005っても、「これこそが春の雲」という典型は俄かに浮かばない。作句例を見ても、さまざまに取れるし、私の中では依然あいまいなままだ。雨雲は少し違うだろうと思っているが、それが証明されたわけでもない。筋雲の類は入れてもよいだろう。どうかするとさっと消えてしまうような、あるかないか分からないほどの薄い白雲が春の雲であることには確信があるが、千切れ雲も有力である。ただし、冬でも強い雪雲が国境の山を越えて、わが関東平野に侵入してくるとき、勢い余って千切れて北風に乗ってくるのもあるから、千切れ雲にもさまざまあるといわねばなるまい。見た目と周囲の状況が全体的に「春だなあ」と感じさせる、そういう条件に合致したときの、どこか優しげな雲というくらいの定義しかできないのだが、そんなところが正解なのではないか。多分に主観的、情緒的な季語だと思っているのだが・・・。

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2009年3月15日 (日)

馬酔木

  揺るる房揺れざる房も花馬酔木  括弧

馬酔木が盛んに咲いている。万葉植物のひとつで、栽培歴が長いから品種もImg_0125色々あるようだ。奈良を歩いているとそこいら中にあるという感じであった。さだまさしの歌にも出てくる。アセビと言ったりアセボと言ったりするのが正式名称のようだが、何しろ有名な雑誌『馬酔木』の影響があってか、俳句ではほぼアシビと読んでいるようだ。私の思い込みに過ぎないかもしれない。有毒、日本特産だという。

我が家に、苗を買ってから35年以上になる「古木」があるが、鉢植えのまま放置したり、日陰に植えたままにしておいたりと、虐待したので、いまだ小木という感じだ。近年きちんと手入れをするようになったので大分持ち直した。紅花の馬酔木で ある。生長は遅い方だろう。

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2009年3月14日 (土)

洗濯物

  作業着の干されて揺るる春ならひ  括弧

これも少し古くなってしまった1句。早春である。農村地帯を歩いていCspliox_003て気づくことの一つに物干し場がある。大体は庭先に竿を渡して干している。場所にスペースがあるからで、私の近所は初めから農家のいない地区であったが、かつては敷地に余裕のある家ばかりだったし、ニ階建も少なかった。ベランダや屋上に物干し場を設置するなどということは奇妙に都会的なまぶしい風習のようにさえ見えたもので、どのうちでも洗濯物は庭先に干していた。

まさか人の洗濯物にカメラを向けるわけにもゆかず、このような句が浮かんだ時には、すぐに映像でバックアップをとは思うけれど、実行したことはない。

   水枕干さるる庭に石蕗の花   括弧

も同じ場所で作った。悪趣味かもしれないが、干し物を見ればその家庭の家族構成や家族の状況などを窺い知ることができるという一面があることは確かで、農村であれば、少なくとも日常生活上お互いに 隠しごともないということだろう。

「ならい」は北風の異称。もともとは海岸の北風を呼んだものらしい。

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2009年3月13日 (金)

日永

  (あざ)ひとつまはり帰りし 日永かな  括弧

ついこの間まで「日脚伸ぶ」Img_0112と嬉しがっていたのに、もはや春も3分の1を過ぎてしまった。今は「日永」が実感である。6月まではどんどん日が長くなるのだが、彼岸を過ぎれば「日永」もたいして感動をよばなくなる。だからこの言葉、今がシュンであろう。私の住んでいる町は明治以降に多くの村が合併してできた新しい村同士2つが一緒になってできた、さらに新しい村であった。つまり元をたどればは10数か村が一体化したものであると言ってもよい。もともとの小村が大字名になっていたのだが、地番変更で一部分からなくなっているのは残念なことだ。古い土地の登記簿謄本を見ると、その大字名の下にさらに字名があって(ちなみにわが郷は「字新田耕地」となっている)、もはや、今では市にまで昇格しているこの町が、かつてはどのような郷土意識の上に成り立っていたのか見当もつかない。小字一つであれば、回り切るのに30分もかからないと思うが、住所表示からは完全に消えてしまっているのだから、正確に境界が分かるものでもない。厳密にいえば、そこにこの句の嘘が見えているのでもある。

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2009年3月12日 (木)

草萌え

  草萌えや雨後の日差しのひとかけら  括弧

これはすでに大分前の作である。同じ仲間の季語ではあっても、近ごろImg_0071では「草青む」といった方がぴったりだという感じを覚えるようになった。草や木の芽の伸び方の速さには驚くことが多い。今は伸びだしたものとそうでないものと がはっきりしているので、時期的に早いものが目立っている。草でいえば、冬から咲き続けているホトケノザ、オオイヌノフグリ。ハコベもすでに新しい芽が花を咲かせるまでに成長した。忘れてならないのはナズナである。今が盛りというべきだろう。森の木々の芽吹きはまだ始まったばかりだが、ノイバラとヤマツツジの芽の伸びが目立つ。いずれも常緑と言ってよいような木であるが、すでに新芽が葉っぱの形にまでになり切っている。雑木の主体をなすナラ、クヌギの類は一見冬木のままのようにみえるが、爆発寸前の様相を呈し始めた。意外に早いのがカリンであって、すでに半月も前から薄い緑色が見え始めているのである。

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2009年3月11日 (水)

野仏

  黄水仙そなへられたる野の仏  括弧

野仏については、仏像一般と同様詳しくないが、退職後農村を歩き回ったおP2090001かげでその数の多さには気づいている。地蔵さま、庚申塔、馬頭観音がわかりやすいベスト3で、私にはベスト4というものがない。野の石仏のうちで正体がわかったものはこれら3つののいずれかであって、それ以上は知識がないから分からないということである。これでも、開発のために失われたり移動させられたりしたものが、かつては膨大な数存在したことが想像できるから、昔の道は石仏だらけだったのではないか。さて、件の仏様は、上を新幹線が貫く田んぼの一角に残されたわずかな木立に囲まれて在された。畦道を歩いたから目に入ったのであって、その脇を通る街道を歩いていたら、木立しか見えなかったことであろう。反射的に写真に収めてすぐに去ったが、後から「あれはなんだったのだろう」と少し気になった。黄水仙はおそらくは、庭に咲かせたものというよりは、温室栽培のものであったろう。暦の上で春に入って間もなくのことであった から。

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2009年3月10日 (火)

沫雪(あわゆき)

  (あわ)雪と起こさるるまでよき眠り  括弧

もちろん「泡雪」でも「淡Img_0122雪」でも「あは雪」でもよい。春になってから降る、すぐに溶けてしまう雪のことである。今年の冬は雪が降らなかった。春になって2度降ったが、予報とは違って文字通りの「はかない雪」であった。子供のころ雪を待ちわびた時の気分だけはまだ残っていて、「雪」というと心が華やぐ。

  いくたびも雪の深さを尋ねけり  子規

と詠んだ正岡子規も同じ気持ちだったであろう。だがこれも東京ないしは関東を含む比較的南の太平洋側での話で、

   面映ゆき思ひ出雪を掻きながら  括弧

という拙句を見て、某雪国出身の方は、自分の故郷ではこのような感慨は湧きようがないという意味の感想をおっしゃった。全くその通りであろう。

春になると確かによく眠れるようになる。「春眠」という現象である。寝付きの悪い私でも、ここのところよく眠れているのは幸せである。

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2009年3月 9日 (月)

踏みわけ道

  春浅き踏みわけ道の分かれ道  括弧

この、自然観察公園内にある踏み分け道についてはすでに別のシーズンにP2220006書いている。夏場はカナムグラが生い茂って道がわからなくなってしまう。暑い盛りに日向を歩くのは物好きだけだから、邪魔されないままにカナムグラはますます増長・跋扈し、道はますます不分明となる。最近では管理者が意図的に道の両端に丸太を敷いたりしてその保持につとめているようだが、長年歩いている私のようなものから見れば、おかしな話である。元来が歩いてよいとはされていなかったような原っぱである。何人かの人が勝手に歩いて出来てしまった、まさに「踏みわけ道」である。私なども、10年ほど前には、罪悪感さえ感じながら時々歩いていたにすぎない道だ。その道に市民権を与えてしまったのである。よいか悪いか知らないが、便利にはなった。今までは冬季から春季にかけて はっきり道となり、夏季に姿が消えてしまうという経過をたどってきたので、途中に何箇所か分かれ道がひとりでにできしまっていた。どちらへ行ったらよいのか、初めての人は迷ったであろう。道の途中には梅の畑らしいところがある。整然と植えられていて、時期にはちょっとした見ものになるから、もともとは収穫用に栽培されていたには違いない。相当な古木となっているそれらの木から今でも収穫されているのか否かは、その時期にはあまり通らないので知らない。そこに至る途中にはに誰にも手入れされずに蔦が絡んだりしているかわいそうな木もあって、これなどすでに「野梅」の貫録を身にまとっている。

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2009年3月 8日 (日)

黄水仙

  閼伽桶と錆びたるポンプ黄水仙  括弧

こう名詞ばかり並べられても・・・と最初から忌避されることがあるのだP2130025_sp0000が、このような句をよく作る。短詩形を採る俳句という詩にはいわゆるモンタージュ的手法も有効なことがあるはずと思うからだが、思う割にはうまくゆかない。批判ももっともとうなずからざるを得ない所以だが、まだ諦めきったわけでもない。

最近とみに回数の減った旅行中の句である。下田の了仙寺についたのはまだ午後2時前だったが、観光はこれまでで、これから天城越えで沼津までと思っていたから、天候のせいもあって、すでに夕方のことだったような印象が残っている。空気の色も黄昏直前だったように覚えているのは錯覚であるが、天候が悪化しつつある兆候を肌に感じていたせいだともいえる。

寺院墓地があってが、意外に狭く、込み合っていた。入り口といってもただ囲いが開いている場所というにすぎないのだが、このあたりに黄水仙が咲いていた。タダの「水仙」ならニホンズイセンのことで冬の季語、「黄水仙」なら春の季語であって、これは暦と非常によく一致している。ニホンズイセンは、午前中訪れた爪木崎の大自生地にまばらに残ってはいたが、はっきりと盛りは過ぎていたし、今水仙といえば間違いなく黄色の水仙のことである。

了仙寺は平成に入って展示館を大改築したというが、昔来た時の印象とはまるで違う。近代的なのである。唐人お吉とエロティシズムだけを売り物にするのでなく、開港にまつわる歴史的な事象の展示を充実させたようだ。相当な額の 投資を行ったことであろう。商売にも意を注がなければ経営が成り立つまい。

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2009年3月 7日 (土)

百千鳥(ももちどり)

  百千鳥鎮守に隣る集会所  括弧

「百千鳥(ももちどり)」とは何か。歳時記を手にするようになるま009では知らなかった。千鳥の一種なのかなくらいの認識だった。春になるとさまざまな鳥が囀り始めるが、この言葉はそのような一斉に鳴く鳥の声の総体をいうのであって、鳥の種類を言っているわけではない。一つの状態を述べているともいえる。なかなかいい風情を醸す季語なのである。

農村部の集会所というのはこのような場所に立っている場合がよくあって、今ではゴミ出し場所を兼ねていたりもする。恐れ多いというよりも、昔から、鎮守は村人の生活の拠点であったろうから、現代にいたってもあい変わらず、共同で使う施設が集まっているだけなのである。鎮守の森からはドングリが落ちる。集会所前の広場にはそういうものが溜まっていたりする。銀杏の大木がそびえていることもある。

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2009年3月 6日 (金)

梅かをる

  昔日を歩くがごとし梅かをる  括弧

梅ほど長持ちする花004も珍しい。ちらほら状態から「梅三分」、徐々に開いていって「満開」までということになるだろうが、「満開」ということはあまり言わない。時期が長すぎて徐々に散ってしまうから、そんな感じにならないのである。梅畑の黒土の上などにはずいぶん花びらが散らばっているが、桜のように縁石に阻まれて花屑がごっそり溜まっていたりはしない。なにもかもがゆっくりと進行するのである。そして、驚くべきことには、咲き始めから最後のひと花が散るまで、梅の木はあの馥郁たる香りを発し続けてやまないのである。もはや慣れすぎてしまったが、農村の集落を歩いていると、どの家からもあの芳香が漂ってくる。 絶えてはフェニックスのように復活し、絶えてはまた復活する。「桃源郷」というけれど、香りの世界を念頭に置けば、むしろ「梅源郷」という世界があってもよさそうだ。

さすがに梅の句は、これが今シーズン最後となるであろう。

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2009年3月 5日 (木)

飛行機雲

  できたての飛行機雲や春の海  括弧

飛行機雲というものDsc_0024_sp0000、いくつになってもなかなか興味をひくものだ。誰かが「飛行機雲だ」と叫べば、空を見上げないではいられない。すぐに消えてしまうものもあれば、いつまでも消えず、だんだん緩んで来るものもある。こういうものになると、自然にできた雲みたいになってしまいさえするのである。空の真上を横切って地平線から地平線まで伸びた飛行機雲が半日もとどまっているようなことさえある。

東京に春一番が吹き荒れた 前日に沼津の海岸にいたことはすでに書いた。やや風が強めだったが、空は真っ青に晴れ上がり、やたらと飛行機雲ができた。それほどの数のジェット機が上空を飛んでいることに改めて驚いたのだが、次から次へ、鋭い直線を描いて飛行機雲が湧いた。できたと思っているうちに気がつくとなくなっていたから、この日の飛行機雲はできやすく消えやすかったのである。

飛行機雲のできるメカニズムなど簡単にわかるものとタカをくくって少し調べてみたが、同じ飛行機雲でも、でき方に色ロな場合があるらしいとわかってやめた。手に余る。当然気象条件にもよるだろうが、それも調べきれずにギブアップした。一筋縄ではいかないようだからこそ、現れかたにも消え方にもさまざまあるのであろう。

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2009年3月 4日 (水)

閻魔堂

  梅かをる茅葺屋根の閻魔堂  括弧

益子町の町をぬけて山道を数キロ登ったところに西明Img_0074寺はあった。登り切ったところはちょっとした広場になっていて、神社でいえば社務所といった風情、若い坊さんが店番のような格好で座っていた。納経所にもなっているので、いち早く用は済んでしまった。さらに急な石段を登る。周囲は椎の木に囲まれているから、冬でも昼なお暗い。登り切ったところに東照宮の門を思わせるような彫刻を施した立派な楼門が聳え立っている。それを潜るとまず左手に三重の塔、正面に本堂。右手には閻魔堂がある。はじめの納経所も含めて、建物はすべて茅葺である。屋根には前日の雪がまだ残っていて、盛んに雪解水を垂らしている。こういう情景はどちらかというと春を告げているようで明るい。

閻魔堂には自由に入れるようにドアが開け放たれている。五体の像があり、真中が大きな朱塗りの「笑う閻魔さま」である。一度見たら忘れないであろう。愉快だが怖い、怖いが愉快な閻魔さま なのであった。

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2009年3月 3日 (火)

観音めぐり

  観音をめぐり 常陸へ山笑ふ  括弧

「坂東33観音霊場巡りImg_0106を今年の正月に発願したことは何度か書いた。県内4寺と群馬2寺はすでに終えたが、先日久しぶりの好天に浮かれて、栃木県をやっつけよう(失礼)と思ったが、互いに離れすぎているので1日では無理と思った。文字通り足許の明るいうちに返ろうと、栃木の益子にある西明寺と茨城の観世音寺(笠間)、楽法寺(桜川市)と決めた。こんな機会を作らなければ、決してゆくこともなかったであろう場所を見て回れることは実に愉快で、道中は楽しい。最後の雨引山楽法寺は旧大和村の山中にある寺で、さぞかしひなびたたたずまいであろうと予想していたのだが、実際は「鄙にもまれな」大寺であった。観光客が結構来る。従業員?の愛想も良い。有意義かつ上質の1日を過ごすことができたと思う。この観音めぐり発願は、天が何かのご褒美に啓示してくれたではないかと思うほど、楽しいのである。

ついでながら「山笑ふ」は春の季語、「山眠る」は冬の季語。結構使い方は難しい。

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2009年3月 2日 (月)

春の鴨

  鳴きかはし鳴きかはしして春の鴨  括弧

今年は鴨が引く(帰る)時期が早いようだ。マガモなどは早くもめP2080008ったに見られなくなった。まだいれば「春の鴨」ということになるが、「残る鴨」などと言われれば、「帰るのをやめたのだろうか」というコノテーションがある。夏になっても帰らず、営巣したりするのを「通し鴨」と呼ぶのだそうだが、夏の季語である。マガモではそういいう状態をめったに見たことがない。夏でもマガモそっくりなのがアヒルと一緒にいることがあるが、私はアヒルと交配した鴨の子だと思う。それはアイガモのことでもあるが、普通のアイガモと違って、マガモのような顔をしているのが不思議である。人を恐れる様子もないから、もはや鴨というよりはアヒルの仲間とすべきであろう。アヒルの子はアヒルというではないか。

さて、「でも鴨など夏だって いくらでもいるではないか」という方はカルガモのことを思っておられるので、これならすべて「通し鴨」のはずある。ところが、カルガモの場合は「夏鴨」と呼ばれることになるらしい。元来が日本で子づくりをする鳥なので、夏まで残っていても、なんら不思議ではないから、事実通りに「夏にいる鴨」としか見られないわけである。

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2009年3月 1日 (日)

春の塵

  防災の放送春の塵(ちり)に乗り  括弧

これも何度も書いた体験だが、昼日中、特に人が散歩などしそうもなPhotoい日に、人がめったに散策路に選らばないような吹きっ晒しを選んで歩いていると、3時ころに流れてくる防災放送にギクッとする。「子供達が帰る時間なので、みんなで注意して見ていてあげましょう」というような趣旨で、地区によっては小学生に順番に放送当番をやらせているようだ。その趣旨やよし。だが自分が見張られる側の「怪しい男」と思われる心配が先立つのである。そういう事態にも今は馴れた 。暖かな日などは、こののんびりした口調が風物詩の一部になっているように感じることさえある。いささかあきらめもあるのだが・・・。ほかに「迷い人」の放送がある。反響で聞き取れなくなることを避けるために、ゆっくりと読み上げる。のんびりしているといえばその通りで、悪くはないが、うるさいと思い出せばなかなかうるさい。何かの感興に浸っていたりする時など、耳を覆いたくもなるというものだ。

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