春帽の池に写りしのち行けり 括弧
「春服」、「春ショー
ル」、「春日傘」などはどの歳時記にも載っているのだが、「春帽子」は手元の歳時記にない。ただし小型で持ち運びに便利な角川の『新版季寄せ』には収録されている。「夏帽子」や「冬帽子」を載せていない歳時記はないだろうから、「春帽子」は冷たい仕打ちを受けていることになる。角川の季寄せには、
春帽子母に向つて冠り来る 中村汀女
が載せてある。
3月の句で、場所は新宿御苑。日本庭園の池面にじっと見入っていると、春らしい装いの女性が対岸の芝に来て友人と声を掛け合っている姿が映っていた。かなりの雨がやんだ直後だった。声は聞こえない。一瞬ののちに女性は池の面から消えた…という話である。大したことではない。
帽子をファッションとして被ったことがない。子供のころは被れと言われていやいや被っていた。学生帽も含めて、蒸れるのが嫌だったのである。野球少年ではなかったから野球帽は普通かぶらなかったと思う。山歩きのまねごとをするときは義務として被った。本格的に登るようになると一応は登山帽を買った。絵にかいたような登山者のスタイルになるのが嫌だったが、必需品だという認識はあった。夏の北アルプスなどは麦わら帽で過ごすこともあった。これでも強い日差しの下では容赦なく蒸れて頭がかゆくなった。
最近は吟行のとき野球帽をかぶる。相変わらず嫌いではあるが、トシを考えて やむを得ず被るのである。夏物と冬ものを使い分ける。夏物は500円のメッシュで、中国製だ。軽井沢のアウトレットで購入したツバの下側が紅い、私のものとしてはファッション性の高い帽子を2年間ほど愛用していたが、3年前北京に忘れてきた。皮肉なことに500円の中国製メッシュは何回もなくなりかけてはその都度戻ってきた。何人もの方の手を煩わせているのである。冬ものは20年以上も前に、ヒマラヤ行のための訓練と称して連れて行かれた冬山で山スキーをするというので、保温性のある安いものを探して買ったものだが、よく見るとゴルフ用品らしい。もちろんゴルフはやったことがない。いまだに冬季の吟行にはこれを被ってゆくのだが、我ながら物持ちがいい。
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