分かれ道
富士見ゆる道のわかれめ時鳥 括弧
わが里では、梅雨入り前の初夏の候でもなければ、夏季に富士
山を見ることなどはまずあり得ない。だから、こういう場面に遭遇する確率は相当低いように思われる。この句は御殿場市での思い出を、現在に置き換えて詠んだもの。妻の実家は御殿場市にあるから、新婚のころは、季節にかかわらずでかけ、富士山の裾野に当たるあたりをよく歩いたものだ。基本的に涼しかった。御殿場に限らず、普通の 山登りでも、富士の見える山はずいぶん歩いたから、この句を見ながらふっと思い出す場面もある。古い写真を探し回ったが、なかなかこの句にぴったりという場面を撮影してはいないようなのであった。掲げたものは40年以上も前に御殿場で撮ったもの。
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