踏みわけ道
草茂る道の名残りを踏み分くる 括弧
わが町にある自然観察公園には、きちんと決められた通路があって、
そこから逸れることは許されないから、この句のような場面は一見なさそうである。しかし実際はそうでもない。公園内の湿地を横切るには、設置されている木道を通らねばならないので、桜の時期あたりに気をつけていさえすれば、めったに自然を荒らされることはないだろう。だが、周辺部に昔からあるらしい梅畑のような場所へ続く草の道は、10年ほど前には歩くことが許されているのかどうかさえ分からないほどあいまいな踏み分け道にすぎなかったにもかかわらず、いつの間にか人が自由に通る道になってしまった。その上、年によって道のつき方が微妙に変わるようになった。真夏から秋にかけて、暑いので人が通らないでいる季節に、道が消えてしまうからであった。現在では二度と変わらないように、枯れた木の幹を並べて道筋を明らかにしているようだ。
渡良瀬遊水地の広大な蘆原には細い道がついているが、人通りは極端に少ないから、道の上にも草花が咲き乱れる。訪れる人が少なければ、やがて踏みわけ道に過ぎなくなり、それさえも消えてしまうことがある。一度そういう道をたどっていた時に、蘆の大群落にに迷い込んでしまって、抜き差しならぬ事態に陥ったこともあった。
写真は行田の埼玉古墳群の中の景色だが、公園内のこのあたりは草原で、時期によっては草が伸び放題になっている。人の歩いた跡らしいものは見えるのだが、この時期にはきわめて不分明なのである。決して歩くことが禁止されている場所ではないのだが、公園の構造上、誰も歩かない 場所になってしまっているのである。
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