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2009年7月の投稿

2009年7月31日 (金)

踏みわけ道

  草茂る道の名残りを踏み分くる  括弧

わが町にある自然観察公園には、きちんと決められた通路があって、Img_1606_2 そこから逸れることは許されないから、この句のような場面は一見なさそうである。しかし実際はそうでもない。公園内の湿地を横切るには、設置されている木道を通らねばならないので、桜の時期あたりに気をつけていさえすれば、めったに自然を荒らされることはないだろう。だが、周辺部に昔からあるらしい梅畑のような場所へ続く草の道は、10年ほど前には歩くことが許されているのかどうかさえ分からないほどあいまいな踏み分け道にすぎなかったにもかかわらず、いつの間にか人が自由に通る道になってしまった。その上、年によって道のつき方が微妙に変わるようになった。真夏から秋にかけて、暑いので人が通らないでいる季節に、道が消えてしまうからであった。現在では二度と変わらないように、枯れた木の幹を並べて道筋を明らかにしているようだ。

渡良瀬遊水地の広大な蘆原には細い道がついているが、人通りは極端に少ないから、道の上にも草花が咲き乱れる。訪れる人が少なければ、やがて踏みわけ道に過ぎなくなり、それさえも消えてしまうことがある。一度そういう道をたどっていた時に、蘆の大群落にに迷い込んでしまって、抜き差しならぬ事態に陥ったこともあった。

写真は行田の埼玉古墳群の中の景色だが、公園内のこのあたりは草原で、時期によっては草が伸び放題になっている。人の歩いた跡らしいものは見えるのだが、この時期にはきわめて不分明なのである。決して歩くことが禁止されている場所ではないのだが、公園の構造上、誰も歩かない 場所になってしまっているのである。

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2009年7月30日 (木)

蔓(つる)

  鉄柵に蔓の縋れる戻り梅雨  括弧

蔓といっても何の蔓であるかは述べられていない。蔓を出す植物の種類は多い。林内の道端はお104627ろか、住宅の生垣や金属製の塀にすらヤマノイモの蔓が絡んでいることがある。ノブドウもある。オニドコロ、ヒルガオもある。付近の草取りなどをちゃんと行っている鉄柵にも、いつしか蔓が這いあがる。ようやく人の目を掠めて成長できたのだから、刈り取られてしまう前にもっともっとと、蔓は必死に、なんであれとりついたものを登ってゆくのである。もちろん意思があるわけではない。ただ、蔓や雑草が人目に触れにくい家の裏などで、あっという間に大きく育っているのに気づくと、彼らの生き残るためのシステムは、相当な無駄を覚悟した上で成り立っているということに一驚しないではいられない。ほとんどは刈り取られてしまうとしても、低い確率を生き 残った少数者が大成長を遂げるのである。

写真は5年前に行田の埼玉古墳公園で撮られたアオツヅラフジ。木本である。この場合、鉄柵ではなく金網でしたが・・・。

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2009年7月29日 (水)

  道すがら蝉の鳴く木に寄りにけり  括弧

今年は蝉が少ない001ような気がしている。蝉しぐれの中を歩いても、一匹が鳴きやむと他にはほぼ鳴いていなかったことに気づいたりする。絶対数が少ないのではないだろうか。

小学校低学年の頃の通学路は何ルートかあったけれど、まだ太い道はなかったので、どれも何回も畑中の道を複雑に曲がってようやく目的地にたどり着くというようなコースであった。1年生の1学期は2部授業だったから、集団登校というものも始まっていなかった。午後番であれば、近所の同級生の女の子と行くとき以外、連れはいないのが普通だった。帰りなどは全くの一人で田舎道を歩いて帰っていたような記憶がある。特に連れ立って帰るようにという指導もなかったし、親が迎えに来るような悠長な家庭はなかったような気がする。

帰り道に、大きな屋敷に隣接する畑があって、その畑の三叉路に挟まれた狭い三角の部分に梅の古木が立っていた。独りで帰って来ると、そこでよく法師蝉が鳴いていた。法師蝉は動作が素早く、比較的高い所で鳴いているので、他の種類の蝉ほど素手ではつかまらない。何とかしてやろうという下心があって、通るたびに鳴いている法師蝉を狙った。他の種類の蝉でも、いればもちろん取ろうとしたので、その木には 通るたびに寄っていたことになるだろう。オシッコも大分かけられた。

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2009年7月28日 (火)

玉葱

  玉葱を竿に吊るせる下に窓  括弧

夏に入るや否や、農家の軒下などに玉葱が干してある光Img_1400景をよく見るようになる。人家にカメラをあからさまに向けることもならず。気になりながら写真にはなっていない。貯蔵する前に陰干しにしておくことが必須であるらしく、思いついてネットで「玉葱 干す」を検索してみると、俄か農園主の皆さんが熱情を込めてこのトピックを語っておられる。大量に出荷する農家では最先端の装置を持って対処しておられるのだろうが、農家で普通に、おそらくは自家用に、保存している場面はおおむねこの句のようなもので、玉葱を茎を20~30センチ残して切り落とし、残した茎を縛ることによって、何個かごとの束を作り、それらを振り分け荷物のように竿に掛けるという方法をとっているようだ。俄か農園主さんたちの間では、パンストを使って干すなどという方法が紹介されていて、それに対して、 男所帯でパンストを使うとおかしく思われるのではないかというような相談が載っていたりして、笑える。

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2009年7月27日 (月)

道しるべ

  日盛りや旧街道の道しるべ  括弧

時間をつぶす必要がって、桶川市の「中山道宿場館」という名の観光協会の出Img_1590店(?)に立ち寄って案内図をもらい、それに従って1時間ほど散策した。昔中山道と呼んでいた覚えのある通りは今では県道となっているが、旧街道そのものであるかは正確にはわからない。ほぼそのような存在だと思い込んでいる。「道しるべ」では不十分で、どのようなものを想像されたか心もとないが、「桶川道路起点標」と案内図にあるもので、立派な石の標識である。いわゆる「道路元標」と呼ばれているものと同じだと思ったが、自信はない。梅雨明け後とはいえ、はっきりしない天気で、雲が覆っている間はすごし易いが 、ひとたび太陽が顔を出せば、一瞬にして焦熱地獄となる。そんな中での散策だった。

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2009年7月26日 (日)

槐(えんじゅ)のはな

  花槐墓所までかこふ寺の塀  括弧

気がつくと槐105820の花が公園内の小道に散り敷いている。これが毎年の倣いである。去年は北浦和公園だった。今年は行田の埼玉古墳公園の駐車場だった。散ってくるまで気づかないほどその花の存在感は薄い。地味な黄緑で、何かの葉のような色をしているのである。毎年意外なほど密に積もる花を見て句を詠むことになる。

近縁種にニセアカシア(ハリエンジュ)がある。これはアカシアと呼んでもよいもので、5月の野山に一斉に咲いてなかなか目立つ。エンジュとは対照的である。別にイヌエンジュと呼ばれる種があり、ある時みなかみ、藤原湖畔の樹林に混じって生えているのをみつけた。この方が花穂が大きくて、エンジュよりも目立つと思う。イヌ・・・と呼ぶからには、どこか劣ったものというコノテーションがあるのだろうが・・・。

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2009年7月25日 (土)

蛍狩り

  ほうたるとざわめく所どころかな  括弧

いつも農村134_2を歩くと書いているから、我が家は田園の真ん中に立っているとお思いの向きもおありだろうが事実は少し違う。今でこそわが家は住宅地の中に存在するのだが、昔は畑中の一軒家なのであった。荒川までは線路を越えて直線で西へ3キロほど先、そこまでは大宮台地といわれる畑作地帯が続いていた。東の方角へは、次第に高度は下って行くものの、2キロメートルほど行かなければ田圃は現れない。子供にとって2キロメートル、3キロメートル先 というのは、異国へ出かけるのと変わらないほどの距離である。水辺が遠いのだから、蛍を見る機会には恵まれなかった。私の活動範囲が広がって、どうやら田圃の方まで足を延ばすことができるようになった頃には、悪名高いパラチオン散布が始まっており、田から泥鰌が消え、田螺が消え、それらを餌とする白鷺等の鳥類が消えた。蛍のような繊細な生き物はそれらよりもさらに早く消え去っていたのだった。「複合汚染」時代を通って、田の動植物が復活してき初めた後にようやく蛍の復元も各自治体で開始されたようで、今ではわが町にも数ヵ所、人工の「名所」が存在する。「野外活動センター」というところで「蛍祭り」なるものをやると知って、夜 出かけてみた。県の景観指定地となった谷戸から湧く水が、まさに清流となって流れている。そこにホタルが出るというのである。

真の闇に近い川面は目に見ることもできない。流れに沿って三々五々移動する人々がようやく識別できる程度だ。目が慣れてくると、いるいる。あちこちから上ずったような感嘆の声が聞こえてくる。「恥ずかしながら初めてなんです」、「私もです」と年配の人々の話す声が聞こえる。無理もない。私ぐらいの年配のものには、そんな感じで人生を過ごしてしまったものが大勢いるのである。

(写真には蛍が写っているような気がするのですが・・・・、クリックして拡大して見てください)

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2009年7月24日 (金)

篠(すず)の子

  (すず)の子に蔓の絡んであまりけり  括弧

いわば笹の筍のことを「笹の子」と呼ぶのだが、「スズノコ」とも呼ぶ。元来P6170010スズタケの子を指したものだったらしい。既に小枝が出て、竹ならば「若竹」の状態に達しているが、ほんの1週間ほど前には、すでに背が高くなってはいたけれど、まだまだ「子供」という感じが強かった。

私が歩いてる自然観察公園と八丁湖に付随する森林には、有力な笹藪が何箇所もある。こんな所には冬場鶯がたくさんいて、「笹鳴き」が日常的に聞こえてくるのである。

笹には限らないのだが、植物の茎や幹がさまざまな蔓に取りつかれる場合がよくあって、伸びのいい蔓の場合だと、それは数日でその植物をのぼりつめてしまい、その先っぽに垂れ下がっては次に絡むための対象を探している。住宅の垣根などに植えられた朝顔 を観察すれば、そのような蔓の「行動」がよくわかるものである。

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2009年7月23日 (木)

梅雨あくる

  煙突の上に白雲梅雨あくる  括弧

前にも書いたことだが、あの日車に乗っていて、ラジオのニImg_1498ュースで突然の梅雨明けを知った。その後の戻り梅雨の襲来を考えると、あのタイミングを失すれば、今でもまだ梅雨は明けていないことになっていたところだ。宣言の日は俄かに湿度も下がり、暑いことは暑かったが、木も草も光って見えた。この極め付きの単純な句は、そのような雰囲気の中で、ニュースを聞くなり反射的にできたものだ。というのも、車はそのとき羽生市郊外にあるごみ焼却場の特徴ある煙突の見えるところにいたからだ。秋さえ思わせる鰯雲風の夏雲と青い空が、梅雨明けをはっきりと具現化しているように 感じたのである。

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2009年7月22日 (水)

夕焼け

  竹林の闇より垣間見る夕焼(ゆや)け  括弧

「夕焼け」は夏で、130「冬夕焼け」などとして他のシーズンに使うことも可能である。「冬の方がきれいじゃないか」などと天邪鬼に思うこともあるが、結局夕焼けといえば夏にとどめを刺すのである。持続時間も長い。黒雲をキットして際立たせる冬夕焼けには、「冷徹」という言葉が似合う。夏のそれには冷たさがあったとしても希薄だ。美しさのみがあらわで、心が浄化されてゆく様な錯覚に陥る。

写真はわが里の荒川左岸、大宮台地の北端にあたるところで、桜公園を下ったあたりから 川の方を見た景色だ。こんなところにこのような景色が・・・と一種の感動を覚える。

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2009年7月21日 (火)

にいにい蝉

  にいにいのこゑ裏がへる太鼓橋  括弧

「太鼓橋」にあまり必然性はない。蝉の鳴いている時間に空間的背景Img_1497を提供しているだけだ。公園とか水郷公園のような場所に、いわば付属している木立や森で蝉が鳴いている。実際は公園ではなく純粋な森の中で聞くことの方が私には普通だが、大きな池のある公園を歩いているとしたほうが気分がよいように思った。

「こゑ裏がへる」は抽象的な意味を付け加えようとしているものではない。。半分くらいの方は実感としての御記憶がおありだろうが、ニイニイゼミというもの、鳴き続けている途中で声の高さを変化させているとしか思えないのである。分からないといわれる方もいらっしゃるようなので、あえて説明することにしたわけだが、あの突如変化する鳴き方というものは聞き手の錯覚にすぎないのだろうか。こちらが歩行中であれば、複数の蝉の声が複合的に聞こえてくるわけだから、個別の蝉からの距離が微妙に変わることと関係あるだろうか。はたまたドップラー効果まで考慮してみたが、どうにも私がそれほどのスピードで歩いているとも考えにくいのであった。

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2009年7月20日 (月)

日の斑

  梅雨明けて陽の斑の中に笹の影  括弧

今年の梅雨明けは、だまし討ちみたいな発表の仕方だった。天気Img_1508は良くなるが、1週間ぐらい後に降雨がありそうなので、梅雨明けはそのあと・・・と「だまして」おいて、14日の午前中に突如発表というあざとさだった。外出中にわがカーラジオで宣言を知った。確かにその日は湿度も低めで、それまでの、床まで湿った感じだった屋内の様子からして違っていた。まさにピッタシのタイミングではあったようだ。

八丁湖畔を歩いていた時の木漏れ日を詠んだ。俳句としては真っ直ぐすぎて、いわゆる「つきすぎ」なのだが、素直な喜びがあったと思う。木漏れ日はピンホールカメラの原理で、真ん丸な太陽を映し出しているわけだが、地面に比較的近いところで、笹の葉に阻まれれば、その形を地面に映し出すのである。そんな当たり前の現象が妙に新鮮に感じられる日だった 。

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2009年7月19日 (日)

蛇の髭(じゃのひげ)

  蛇の髭の花こもれ日のうちそとに  括弧

ジャノヒゲはリ06701ュウノヒゲのこと。花は夏だがその実は「龍の玉」と呼んで冬の季語になる。畑の縁などに植わっているものは、育ちが良いのか大きな株となっていて、線形の葉が密集して垂れさがり、花が咲いても実がなってもその陰に入ってしまう。ろくに見ることができないのである。本来の自生地である林内ではさほどには茂っていないので、今頃歩けばその花が可憐に群れ咲いているところに出くわすことができる。折からの、こぼれては揺れる日の斑を受けて、ちらちらと光っているかのようだ。それほど派手な花ではない。子供のころは、そもそもこの植物に花が咲くことすら知らなかった。この植物への関心の対象は、冬につくブルーブラック色の果実なのであった。よく弾むので「はずみ玉」と呼んでいた。近くに大きな屋敷があり、老夫婦だけが住んでいた。その門の前がクヌギの木立になっていて、その蔭にはこの植物が自生していたので、その実を採るために、まざわざ出かけたりしたものだった 。

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2009年7月18日 (土)

五月闇

  自転車の灯し近づく五月(さつき)闇  括弧

旧暦では今年はまだ閏5月だということなので、今は五月(さつき)のうちであImg_1499る。新暦7月になれば水無月だろうと思いこんではならないのである。「梅雨闇」、「五月闇」に傍題として「夏闇」という季語も見られるから、梅雨が明けても天候によってはこの季語は通用しそうだ。いずれにせよ湿気が多い時期だから、それに光がさえぎられて、夜は真の闇という感じが得られたものなのであろう。

自転車は、灯しをつけてくれさえすれば、このように駘蕩とした気分で接することもできるが、なかなかそうはゆかないようだ。昨今の自転車の凶暴性については、行政の無策と相まって、誠に筆舌に尽くしがたいものがある。臆病者の私は、歩行中に後ろから猛スピードで追い抜かれて、思わず「アッ」と声を発することもしばしばである。ことに最近の高校生などは、感情的にいえばほぼ100%が携帯メールに心を奪われつつの運転であるから、危険度はかつての数倍に達しているというのが実感である。歩行者に瀕死の重症を負わせる危険があるのみならず、自動車運転手にとってもこれ以上の 障害物は他にないのではないか。触れただけで転倒されてしまうからである。いつ携帯片手に突っ込んでこられるか分からない。そういう覚悟を持たなければ、車の運転もできなくなった。

分かりにくい写真になった。クリックしてみてください。

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2009年7月17日 (金)

金魚売り

  焼き蕎麦の屋台に隣り金魚売り  括弧

先月末の、近くのImg_1414浅間神社祭礼の時の景色。何ということもないが、このような感じで夜店がひしめいていたことは想像してもらえると思う。東京の浅草寺のような、比較的広いスペースを持っている寺の場合でさえ、羽子板市のときなど、信じられないほどの数の出店が犇めいているさまに驚く。件の浅間神社などは散歩の途中で見慣れている場所なのだが、境内は決して広いと言えないもので、こんな場所にあれほどの数の店が出て、あれほどの数の人々が集まれるということ自体、普段は想像もできない。

金魚すくいなども出ていたが、気のせいか、人が大勢いる割には昔ほど流行っていないように見えた。シシカバブーを売る中東人らしき人の屋台まであって、彼の地を旅行した時のことを思い出したりしたが、この店も客の入りが良いようには見えなかった。他の店も似たりよったりと見えたが、時間的な関係もあるから断定はできないにしても、祭というもの、かつてのように、子供がそこでの買い食いを無上の楽しみとするような 場にはなっていないのかもしれないと思わされた。

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2009年7月16日 (木)

水音

  反り橋の下に水音梅雨ぐもり  括弧

既に梅雨は明けてしまったらしいが、つい2~3日前までは、気温よりもImg_1393湿気が気になる「暑さ」だった。昼間でもあたりはどこか暗い空気に包まれていた。歩きながら見えてくる景色を片っ端から俳句のかたちにしてゆくと、いくつか比較的まとまっている形が得られる。そのような作の一つである。大小の公園等を歩いていれば、太鼓橋とは言わないまでも、反り橋と呼んで差支えなさそうなものは、木製のもの、石製のものなど取り混ぜてそこいら中にあるものだ。「水音」 の90%までは心地よいと感じられる音だと思っているが、魚が跳ねた時の瞬間的な音であれ、、流れが石にあたっている時に立てる一種の瀬音に類するものであれ、その点では変わりがない。

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2009年7月15日 (水)

凌霄蔓(のうぜんかずら)

  凌霄(のうぜん)の咲く三叉路を右に折れ  括弧

「三叉路を右に折れ・・Img_1418・」という連用形は、次に別の動詞が省略されていると感じさせるであろう。省略されているのが何という動詞であるかは明らかでない。事実を統一的な意味も考えずに記録し続けるという作業を時々実験的にやってみる。そんな作業の途中で俳句らしき形ができたもののひとつである。少し前、どこもかしこも凌霄蔓ばかりという時期があった。凌霄の花は今でもわずかに残っていて、相変わらず、咲いてはそのままのかたちで惜しげもなく落ち続ける。自宅に咲かせている人は、片付けても片付けても落ちてくる凌霄の花に辟易している向きもあるだろう。

ほかの多くの花でも同じなのだが、このような目立つ花が、咲くまでは全く存在感がない。時期になってみて、初めてその数の多さに驚かされるのである。最初の一花をみて、「もうそんな時期か」と季節の動きの速さに驚く。しかし馴れてみると、その花が門々に咲いてはこぼれてゆく姿は人生におけるタリマエの光景のように 思われ、そのような眺めの中にいること自体がほんの一時のことだとは思われなくなってくる。そんな凌霄蔓も、今年は既に終焉期を迎えようとしている。梅雨が明けたそうだが、これからが盛夏である。すでに蝉が鳴いている。秋の季語とされるトンボも飛び、ミソハギが咲く。アサガオは既に市が立ったほどだから、家庭の庭にも鉢が飾られているわけだ。

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2009年7月14日 (火)

煙草屋

  煙草屋の角入る路地の梅雨の月  括弧

最近の昭和回顧ブームの中、映像などでお目にかかることもよくある、あの煙草屋の看板(瀬戸物らしい)の実物はめったに見られなくなった。我が家かImg_1452ら200メートルほどの八百屋さんは、スーパーなどが定着するまで、万屋さん的な存在で、酒は免許制だったから扱わなかったものの、調味料から魚の干物まで、いわば何でも売っていたものだ。タバコの販売権は持っていて、今でも自販機は健在であるが、店の方は大分縮小したようだ。ここは今でもあの懐かしい煙草屋さんの看板が見られる数少ないお店の一つなのである。当時の看板娘ならぬ「看板奥さん」は今でも健在だが、お歳は大分召されたようだ。最近のタスポ騒ぎで、自販機の売り上げも減ったことだろうと思う。昔は私も相当なスモーカーだったから、ずいぶんお世話になったが、6年前に禁煙に成功し、その後は口を拭って、もともとの嫌煙者だったかのような顔をしている。

そういうもろもろの事情は別にして、このような看板と当時のままの街並みが残っているということ自体は、 貴重な文化が身の回りに残っているということだから、気分が悪いはずがない。「気分がよい」などと第三者的な感想を述べていられる分には気楽だが、いわゆる「規制緩和」で潰された街並み、店、町内は、二度と元には戻らないのである。

*恥ずかしながら煙草屋さんの看板は「琺瑯看板」というものだとわかりました。瀬戸物ではなく、ガラス質のものを金属の表面に焼き付けたものだということです。(7月15日)

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2009年7月13日 (月)

線香の燃えさし

  線香の褪せし燃えさし日盛りに  括弧

「日盛り」という003季語には、梅雨でも明けないと実感が湧かないとは言いながら、既に梅雨前および梅雨の晴れ間にも、例外的にまさに「日盛り」にさらされることはある。昨日も薄ぐもりの空の下、荒川を越えて隣接する吉見町まで河川敷を歩いたのだが、途中木製の冠水橋を渡っていたら、突然目もくらみそうな日差しを浴びる羽目に陥ったばかりである。湿気も加わって、このようなひどい目にあうことが時々ある。

毎日方々を歩いていて、寺があれば寄る。墓所にも足を踏み入れる。大方はきれいに掃除してあるが、線香立てに残ったものや、地面に落ちたまま雨風に曝されたものもあって、「朽ちかけた」という印象を与える線香の破片はよく見られる。次に誰かが掃除するときには片付いてしまうのだろうが、地面に落ちている間 も、細くていかにも地味な存在だから、見ようと思わなければ見えないかもしれない。線香というもの、燃えて姿が消えてしまうのが通常の運命である。ふとしたはずみで燃え残る。思わず残骸となったわが身をしばらく浮世に曝すことになるのは、どう見ても幸せな運命とは言えまい。

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2009年7月12日 (日)

梅雨闇

  梅雨闇に灯し入れたるピアノ塾  括弧

「梅雨闇」は「梅雨時の曇ったImg_1456夜の暗さ」ないしは「同じく昼の暗さ」のどちらの意味にでも使えるのだという。私は夜よりも昼の暗さの方に共感を覚えるが、照明が今のようにふんだんに得られなかった時代にあっては、自然のもたらす明暗に敏感であったろうから、夜の暗さの方が身にしみたことであろう。そんな気分を一瞬想像させてくれたピアノ教室の姿であった。闇が迫ってきた裏街の一角にあるピアノ教室・・・、ピアノ教室が繁華街にある方がむしろまれで あろう。教室内が窓越しに見えている。教師らしい人の頭上に白熱球の発するらしい明かりが入っている。うらさびしい夕暮れであった。

梅雨時の昼夜を問わぬ暗さというもの、夏至の前後に当たるというのに、かくも太陽から見放される数十日間というもの。この季節は人生観にまで影響を与えそうな、誠にうっとうしい季節なのである。楽しかったという思い出はあまりない。何しろこの強烈な湿気が人間の肌という器官に合わないのである。

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2009年7月11日 (土)

  ゴム毬に臍といふもの草いきれ  括弧

「臍」という兼題があっての作である。

現代の、たとえばサッカーボールなどが、どのような構造になっているかは、浅学Img_1416にしてよく分からない。かつては、サッカーに限らず、ボールを使う部活のメンバーが、空気入れを使ってボールの内側に詰まっているチューブ(と呼ぶのだろうか?)へ空気を入れていたものだ。今でも基本的には同じようなものだとは思うが、プロの使うボールがどのようにハイテク化しているのかは分からないという意味である。

子供のころ、野球もどきのゲームも含めて、ボールを使う時には、ソフトテニスボールに似たゴムマリをよく使ったものだが、これらには「臍」と呼ばれる部分が必ず付いていた。パンクしてしまったものを引き裂いて調べてみると、「臍」は厚いゴムの塊が内壁に張り付けられた場所のことだと分かった。ゴム毬に空気を入れる時に、自転車のチューブについているバルブと同じ働きをする装置らしいのであった。この部分に注射針のような空気入れの先端を差し込むのであろうと想像した。針を引き抜けば、ゴムの弾性のおかげで針穴はふさがれてしまうのだ ろうと考えたのである。

戦後の住宅地のあちこちに見られた空地で、夢中になってゴム毬を投げたり蹴ったりしていた時の風景がよみがえってくる。空地の隅には必ず、芝生ならぬ雑草が生い茂っているのであった。

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2009年7月10日 (金)

茂り山

  茂り山鴉のこゑの止むときも  括弧

「茂る」P6170013_2 はいまどきの草や樹木の伸びきった様子を表す季語である。刈られる前の草原や手入れされないままの雑木林や並木の、若葉色とはほど遠い黒味を帯びた葉の色や、やっためたらに突出する徒長枝等を見ていると、「山も野も荒れ果てた」という気分に襲われる。この時期公園等の(自宅の庭でさえ)草を刈り、植え木の形を整えなければならなくなる所以である。八丁湖に続く丘陵の雑木林では、梅雨時の空と相まっていかにも暗く、歩いていると木々も草もすっかり荒れ果てたという感が深い。こういう環境の中で、鴉が幾通りもの声を放ちあっては、集団で全山を支配しているのではと思われるほどの勢いを見せている。私が森に入るや否や、たちまち物見係の鴉から警戒の声が発せられ、それが次々と引きつがれていって、あっというまに山の向こうに まで届いているのでは・・・といような幽かな恐怖心のようなものさえ覚えることがあるのだ。鴉語には数え切れないほどのメロディーと高低やリズムのみならず、語彙さえ相当に豊富に存在するのではないかというのが恐怖心を生む心理的要因だ。

一瞬すべての鴉が鎮まる瞬間がある。それはそれで、またも恐怖の瞬間だと言えなくもないのだが。

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2009年7月 9日 (木)

宵宮

  宵宮のともし定まる刻となり  括弧

6月30・7月1日Img_1413は近所の浅間神社の祭礼である。子供のころは必ず出かけたものだし、新婚の頃連れあいと寄ったこともあったが、今や数十年間のご無沙汰となっていた。今年は、本当に久しぶりに、ちょっと行って見ようかということになり、まだ明るいうちに家を出た。夜間に夫婦で外出する習慣などとうに失くしているから、どうしても6時頃には出てしまうのである。帰るころになって、ようやく夜店の灯しや祭提灯が紅く見えるほどの暗さになった。昔ほどの人出はあるまいとタカをくくっていたのだが、どうしてどうして、大変なものである。若い人たちが溢れかえるほどたくさんいて、少子化などどこ吹く風と思いたくもなった。浴衣姿の中学生らしい一団がいて、いささか動き方がぎごちなかったものの、雰囲気は大いによろしいと思った

お祭というもの、たいがい夜に始まる。夜店が出て、大いに賑わうのである。子供たちにとってはこれがメインで、あくる日まで出かけてゆくということはめったになかったような記憶がある。この神社の祭礼では、山車も神輿も出ない。今月中旬に近くの天神社のお祭りがあって、その時は小さいながら、お神輿が出るようだ。

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2009年7月 8日 (水)

竹煮草(タケニグサ)

  昨夜(よべ)の雨葉にとどめたる竹煮草  括弧

タケニグサ、辞書では「竹煮草」とつづられている。俳句でもほぼ100%Img_1404近く、そのように表記しているようだ。手持ちの図鑑には「竹似草」とあり、茎が中空で竹に似ているからいう説明がついている。子供のころから見慣れているが、決して好きな植物ではなかった。茎を折ると黄色い液体が出る。きもちがわるかったし、それが有毒だということも知っていた。名前を覚えたのは、Sさんに黒部湖畔で教わった時だ。その後土合駅前で、数十本の群落を見た。どちらもかなりの高地だ。分布範囲は 意外に広いようだ。2メートルくらいにまで伸びるが、ケシ科に属している割には花は美しくない。俳句で扱われることが多いのは、名前と、その愚かしくも孤独な図体に共感するところがあるからかもしれない。全身白い細毛に覆われているので、葉には芋の露よろしく雨滴が溜まるのである。

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2009年7月 7日 (火)

水芭蕉

   山頂に池あり風に水芭蕉  括弧

水芭蕉ほどあこがれの気持ちを掻き立てる花はほかになかDsc_0109った。「尾瀬」といえば、神秘に満ちた自然愛好家のメッカともいうべき、秘密のベールに包まれたユートピアみたいなものだったのだ。そこに人が自由にゆき来し始めて、それが報道されるようになると、田舎で世間も知らずに育った私のような子供でも「尾瀬」という、何やら神がかり的な響きの地名を覚えるようになった。中田善直作詞による『夏の思い出』がNHKの「みんなの歌?」に選ばれると、日本人でミズバショウを知らぬ人はいないほどになった。山へ行けるようになると、私も尾瀬に出かけていった。尾瀬へ行ったとしても時期を合わせなければ水芭蕉は見ることができない。雪解けとほほ同時に咲くので、土が現われた順に咲きだすといった具合なのであった。だからここで水芭蕉を見たことは2度か3度にすぎないのであった。

そのような神秘の花だった水芭蕉が尾瀬以外の意外に色々の場所で咲いているということがだんだんわかって来る。どうかすると、真夏の高山域を歩いていて、途中に小流れでもあると、藪に隠れて、あこがれの水芭蕉が大きく育って花をつけていたりする。尾瀬ヶ原のものように大群落をなしているわけでもない。

谷川岳近くの苗場山頂は湿原になっていて、一面巨大な「池」であるとも言えるのだが、そのような山頂をイメージした句である。苗場山で水芭蕉が咲いている所に遭遇したわけではない。作句は、結果的にやや虚偽っぽいことになるが、ロープウエイで天神平へ行き、そこからリフトをの乗り継いで達した小ピークで行われた。神社があり、小池がいくつかある。ここにその大きさに驚く水芭蕉が咲いていたのであった。見ればだれでもが「あっ、水芭蕉!」と声を上げる。水芭蕉は やはり特別な花なのである。

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2009年7月 6日 (月)

花南瓜

  畑隅に初咲きの花南瓜かな  括弧

スーパーで半分に切ってラップにくるんで売っている南瓜は、どういう04621畑で作っているのだろうか。わが散策路は、どこも南瓜の出荷地ではなさそうだ。南瓜がないわけではない。農家の近くの畑に、きちんと藁を敷いて何本かを這わせている、といった栽培も見られないことはない。だが、時々思い出したように存在する南瓜の多くは、1本か2本が畑の隅に生えてきたものを放置しているだけ、というようにも見られるのである。間引きぐらいはしたのかもしれないが・・・。出来た実は利用するけれど、手をかけて世話までする気はないといった感じの対応に思える。本当は違うのかもしれないが、結構な面積を占めながらもほんの1・2本が勝手に地を張っているだけのようにも思えて仕方がないのである。

考えてみれば南瓜は丈夫な植物である。戦後の食糧難時代には、どこの家でも庭先で南瓜の栽培をしていた。実際数本が自由に這いまわるだけの土地があれば、シーズン中一族が南瓜には困らないくらいの収穫があったので、庭が狭ければ縁先に棚を作って、へちまならぬ南瓜を這わせたものである。花が虫に食われていた跡などは思い出すことができるが、害虫駆除にことに骨が折れたような記憶もないし、道に落ちている馬糞を塵取りでとってきて根元においてやる程度で肥料は足りていたようだ。その当時のものは実が大きかった。今でも大きさを争う コンテストがあるくらいだから、元来そういう素質はあるのだろうが、現在スーパーで切り分けられて売られている南瓜は、想像するにせいぜい直径15センチくらいなものだ。

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2009年7月 5日 (日)

昼顔

  刈られたる草の中には昼顔も  括弧

そろそろピーク04606を超えたが、植え木の刈り込みと草刈りが盛んである。躑躅類などの場合、刈りこみの時期が遅れると、来年の花芽がつかなくなる。紫陽花はまだ花季だろうと思うが、これも遅く出た芽には花が咲かないそうだから、遅くとも土用には芽が吹いていなくてはならないのである。

雑草の方は花を咲かせるために刈るわけではない。年に何度か刈らないでおくと、たちまち強い種が人間の背丈ほどにも伸びてしまうからであって、それを防ぐためといった方が本当だろう。飼料に利用するということはわが里ではほぼなさそうである。(ガソリンにでもならないだろうか。)このような除草作業では、シルバー人材センターの方々が活躍されているようだ。

昼顔は強い植物だ。空地や駐車場などの垣根に絡んで見事に咲いているかと思えば、放置された畑にもたちまち出現する。道端の草の中でももちろん生き続けて、ちゃんと小ぶりの花をつける。立派な雑草の一員なのである。きれいな花ではあるが、庭にわざわざ植えようとする人はいないだろう。それでも隙を見てはあらゆるところに出現する。雑草の一員として草刈機でなぎ倒されても、痛くも痒くもないのか、根元を刈られて萎れてしまった花の隣には、刈りのこされた茎からの 次の花が、既に開きかけているのであった。

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2009年7月 4日 (土)

絵日傘

  絵日傘やあぶくの浮かぶにはたづみ  括弧

絵日傘をImg_1427持ち歩く女性は増えているのだろうか、減っているのだろうか。私の様な、田舎を歩き回る生活を主としているものの眼から見れば、屋外をウオーキングしている男女は、この10年間だけででも、非常に増えた。社交上の外出ではないから、そういう人たちの服装はカジュアルである。必ず日よけのための帽子をかぶっている。そういう時に傘を持っていては歩きにくいから、持っていない・・・・というのが、今時の熟年女性の歩くスタイルなのではないだろうか。街を歩いている女性の場合でも、日傘を持つ人の率は最近とみに減ったように思われる。光の画家であったモネは『パラソルをさす女』などいくつか日傘の光学的効果を利用した絵を描いている。日傘は、女性にとって明らかにファッションの一部であるはずで、紫外線除けだけがその効能なのではないと思う。近年、絵日傘と並んで白日傘がよく用いられてきたが、ごく最近になって、黒日傘が数で圧倒しだした。光を反射してくれる白よりは、紫外線をも含めて光を吸収してくれる黒の方が有効だという考え方になったようだ。

このような時代背景があるから、絵日傘を差している女性が現れれば、「オッ」と思うわけだ。場所は数十年前に突如工業団地というものになったあたりで、農村と工場群の間を隔てている、お世辞にも手入れがよいとは言えない細い道の上である。左には畑と何軒かの農家、右には操業中の工場群。用水路は汚れているようだ。そういう匂いが漂っているからだ 。一時はもっとひどかったのでは ないかと想像できる。日本中どこででも見られる経緯をこの場所もたどってきたに違いないからだ。

ところで、_sp0000

Sさんが郭公を撮られた。ご自宅近くで、普通のデジカメを用いて撮られた由。先日の「時鳥」の記事と合わせてご覧ください。よく似た親戚同士です。

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2009年7月 3日 (金)

サルビア

  サルビアの咲く庭門扉閉ざされて  括弧

サルビアというもの、09618昔からどこにでもよくあったように思う。最近はブルーサルビアなどいうものがあって、「オヤ」と思いだしたのが何年前のことだったか。植物に興味を持ちだした頃だろう。その後チェリーセージに始まって、数々のハーブと称するサルビア属の植物に出会った。知れば知るほど 園芸品種の無尽蔵さにほとほと困惑した。あの大型のメキシカンブッシュセージまでがそうなのであった。困惑したのは種類を片っ端から覚えようと思っていたからだ。今ではそのような野心は全く失くしてしまったから、心穏やかなものである。

個人的な好みを言えば、サルビア属のうちでも、やはりまっすぐ立ちあがって真紅の花を一斉につける、あの元来の「サルビア」がよい。あの色をほかの植物に求めることはできないのではないだろうか。「真紅」とはいえ、全く厭味のない色なのである。そして底抜けに明るい色彩だと思うが、一般にはどのように受け取られているのだろうか。

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2009年7月 2日 (木)

蛇苺

  転びかけ気づく静かさ蛇苺  括弧

「静かさ」と、言ってしまってはおしまいよ!と受け止められかPhotoねない。そんな句である。実際、形容詞や副詞に類する語や抽象的な意味の名詞を使って、1句中に中身を効率的にたくさん盛り込もうとする試みは失敗することが多い。中学校の作文で教わったように、「美しい」という形容詞を使わないでその美しさをどのように表すかが勝負なのである。具体的なモノが喚起するイメージというものが、あらゆる形式の詩や、場合によれば散文においてさえも最も大切な要素なのだといわれる。そこをあえて「静かさ」と言って見ちゃったことになる。芭蕉の蛙の句の向こうを張ったわけではないが・・・。「この場合はいいでしょう」という気持ちがどこかにある。

自解はそこまで。「蛇苺」は、春には「蛇苺の花」として用い、夏には単に「蛇苺」としてその実がイメージされることになる。「蛇苺の花」だが、この花がとても美しい。それに比べれば、実の方は花よりも数が少なく、より地味な存在だが 、それだけに見つけた時には嬉しさが募る、「蛇」というネーミングに負けて、誰も「不気味なもの」という先入観を持たされているが、決して有毒ではない。味はほとんどないと覚えてきたが、「薄い甘酸っぱさがある」と主張する人もいるので、先日実際に口にしてみた。どちらとも言えるが、「味がない」という方が真実に近いと、強情にも自説を再確認した。ぜひ試してみていただきたい。

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2009年7月 1日 (水)

片陰り

  忘れゆく人の名前や片かげり  括弧

まあ、変な句だ。自句解005説をしても、読者は騙されているような気になるに違いない。私ぐらいの年齢の人の多くには、なんとなく抱いている不安というか、コンプレックスというか、・・・物忘れが激しくなったのではいかという漠然たる認識がある。そういう気分が、ある日片陰を拾っては踏んでいく私の頭をよぎる。片陰をたどるという行為は、決して生き生きとした生産的活動ではないから、その間の思いはどことなく退廃的なもの にならざるを得ないのである。そんな悲哀とさえ呼べない、何ということもない不満、不遇感。そのようなことをその場で書きつけたまでのことで、そこには文学的高みへいたろうとする意地も意欲も見られない、・・・とい言われてしまえばそのまま返す言葉もない。

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