片陰り
忘れゆく人の名前や片かげり 括弧
まあ、変な句だ。自句解
説をしても、読者は騙されているような気になるに違いない。私ぐらいの年齢の人の多くには、なんとなく抱いている不安というか、コンプレックスというか、・・・物忘れが激しくなったのではいかという漠然たる認識がある。そういう気分が、ある日片陰を拾っては踏んでいく私の頭をよぎる。片陰をたどるという行為は、決して生き生きとした生産的活動ではないから、その間の思いはどことなく退廃的なもの にならざるを得ないのである。そんな悲哀とさえ呼べない、何ということもない不満、不遇感。そのようなことをその場で書きつけたまでのことで、そこには文学的高みへいたろうとする意地も意欲も見られない、・・・とい言われてしまえばそのまま返す言葉もない。
| 固定リンク


コメント